三大伝統医学2:古代中国の医療と看護 - すべての基盤「陰陽五行説」
■作成日 2018/2/26 ■更新日 2018/5/9
元看護師のライター紅花子です。
このコラムでは、医学・医療・看護の歴史や、その分野発展の上でターニングポイントとなる「ひと」「こと」「もの」などを取り上げ、ひも解いていきます。
今回は『三大伝統医学2古代中国の医療と看護―すべての基盤「陰陽五行説」』です。
そこにはどのような歴史物語があったのでしょうか。
日本の医療や看護に大きな影響を与えた一番身近な国と言えば、中国ではないでしょうか。
長い歴史の中で、現代まで受け継がれてきた古代中国の医学や看護の中心には、どのような物語があるのでしょうか。
偉大な医学書『黄帝内経』
中国の医療について考えるときに外すことのできない書物があります。
それは医学書『黄帝内経(こうていだいけい)』です。
この書物は、古代中国の医学が網羅されており、古代中国の神話的人物である「黄帝」と、侍医や学者との対話で進められる質問形式で書かれており、大きく二つに分かれています。
- 第一部は『素問(そもん)』:解剖学・生理学・病理学・治療法の基礎問題が論じられており、医学に限らず、易学・天候学・星座学・気学・薬学・運命学と様々な分野にも及んでいる
- 第二部は『霊枢(れいすう)』:主に「鍼治療」について論じられており、その内容はより実践的になっている
「黄帝」が登場するのは神話上で4500年以上前とされています。
『黄帝内経』が最初に編纂されたのは紀元前5世紀から紀元1世紀頃とされ、その後何度も改訂や翻訳を経て、現在に至っています。
なお、初版の編纂者は分かっておらず、原本は散逸してしまっていて存在していません。
現在のものは、西暦1155年に新たに改訂されたものが元になっているといわれています。
『黄帝内経』が最初に編纂された時代
紀元前5世紀から紀元1世紀ごろは、中国史の戦国時代(秦~前漢)です。
農業や貿易が発展し、新しい領土や人民が必要となった、小国どうしの争いが頻発していました。
紀元前221年には、中国史上初の統一国家「秦」が建てられます。秦の始皇帝は、中央集権国家や徹底した国内統一事業を強力に推し進めますが、始皇帝の死後は各地の反乱や抵抗にあい、秦は滅亡してしまいます。
その後、劉邦により統一王朝「漢(前漢)」が建てられます。
しかし、二元的統治であったことから、やがて豪族が力を付け、中央の集権体制にほころびが生じます。
時の皇帝は殺害され、その首謀者により別の王朝が建てられてしまいました。
この600年間は中国が大きく変革した時代だと言えます。
この頃の日本は…
縄文時代の終わりごろ~弥生時代にあたります。
稲作が始まり、人口が増加し、土地を巡る争いが起きるようになっていました。
また、鉄器や青銅器などの「金属器」の使用が開始された時代でもあります。
すべての基礎理論『陰陽五行説』
『黄帝内経』には人と自然との関係、人体内部の相互関係など、古代中国医学の基盤となる理論があります。
それが『陰陽五行説(おんみょうごぎょうせつ)』という自然哲学の思想です。
なおこの思想は医学に限ったことではなく、中国のあらゆる思想・哲学や文化に影響を及ぼし、浸透しました。
『陰陽』
陰陽とは、「陰」と「陽」のふたつの状態のバランスによって支配されているという考えのことです。
この中央にあるような図を見たことはありませんか?
これは、すべてのもの・ことを「陰陽」であらわそうとする概念です。
「山の日かげ」「山の日なた」に由来し、一方なしにはどちらも存在することはできない、二面性を表しています。
対立する二元である「陰」と「陽」は、単純な二律背反ではなく、お互いに反発し、取り込み、転化しながら、万物万象をかたちづくるとされています。
「陰」は「陽」を含み、「陽」は「陰」を含むのです。
「陰」「陽」のバランスが崩れた状態が病気で、このバランスを回復させることが「病気を治すこと」なのです。
『五行説』
自然現象や人事をカテゴリーごとに整理し、次の5つ(五元素:木(もく)・火(か)・土(ど)・金(ごん)・水(すい)のいずれかに帰属するとみなす、という理論です。
この5つのエネルギー(気)の状態が絶え間なく変化し、互いにどれかを生み出したり、助けたりする関係であり、それと同時に、互いにどれかを排斥したり、相反する関係であるとしています。
『黄帝内経』では五行説について「五行のエネルギーは、自然のあらゆる現象を含んでおり、人間にも等しく当てはまる原型である」と述べられています。
こうして医学の分野でも、人体の臓腑や生理、病理、診断、治療、食物などに応用されてきたため、体内の相生相剋関係の乱れが疾患をもたらすものだという考え方です。
伝承から記録へと受け継がれ、中国最古の医学書が最初に編纂されてからすでに2000年以上の時が流れています。紀元前と言われていた昔に、高度な思想や実践されていた医学が、記録されていたことにも驚きますが、現在の中国でも「医学の原点思想」として学び続けられてきたことに、さらに驚かされます。
『黄帝内経』にはまだまだたくさんのことが書かれていています。
「気」や「鍼」なども中国医学の大切な要素です。
また、現代社会の問題としてここ日本でも耳にすることも多くなった『未病』という」ことば。
これも中国医学ではごく当たり前の発想なのです。
『未病』についてはまた別の機会でお伝えします。
3回に渡って3人の僧侶による鎌倉時代の医療と看護を見てきましたが、共通するのは「慈悲のこころ」でした。
「相手を思う気持ち」で医療・看護をおこなうことは、わたしたち現代の医療者も決して忘れてはならない心ではないでしょうか。
【参考資料】
医療の歴史―穿孔開頭術から幹細胞治療までの1万2千年史
スティーブ・パーカー 著 千葉喜久枝 訳
創元社 2016年1月1日 第1版第1刷
医学の歴史
ヴォルフガング・エッカルト 著 今井道夫・石渡隆司 監訳
東信堂 2014年12月10日初版第1刷
医学は歴史をどう変えてきたか 古代の癒やしから近代医学の奇跡まで
アン・ルーニー 著 立木勝 訳
東京書籍 2014年9月3日第1刷
田辺三菱製薬 伝統医学を学ぶ
https://www.mt-pharma.co.jp/healthcare/school/index_medicine.html
弥生ミュージアム 弥生時代の世界情勢
http://www.yoshinogari.jp/ym/episode01/jyousei02.html
伝統医学の可能性―最も古いものに最も新しいものがある―
富山県国際伝統医学センター 上馬場和夫
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcam/1/1/1_1_63/_pdf
一般社団法人国際伝統中医学協会 中医学
https://www.dentouchui.com/tcm