第1回:医師としての勤務先からの評価
■ 記事作成日 2016/5/9 ■ 最終更新日 2017/12/6
医師としての私の評価はどうやってなされている?
ある日転職サイトに自分の情報を入力しました。さて、私のプロフィールを見て、どんな評価がなされるのでしょう。ドキドキです。Yah○○!オークション(o:オーじゃないですよ。○:マルです。)に自分を出品しているような気分です。
自分のプロフィールをパソコンで見て、ふと、思いました。(ん?私の売りって何?)かろうじて売りになっているのは専門医の資格を持っていることだけのような気がしてきました。
このプロフィールには私が日々どんなに患者さんのことを考えて診察しているか、いかに丁寧にカルテを書いているか、どんなにみんなと仲良く仕事しているかは載っていません。
画面に出ているプロフィールを見ていると、自分自身を客観的に見ることができます。もし私が採用する側の人間だったら、このプロフィールをみてどんな評価を下すのでしょう。ん?40歳。そこそこのキャリアかな?女性。・・・女性か・・当直はしてくれるかな?なんて、品定めされるのでしょうか。
幸い、現在、医師紹介に関しては売り手市場のようです。つまり、転職を希望している医師はある程度、勤務先を選ぶことができます。
選べないのであれば、自分には決定権がなかったのだとあきらめもつくでしょうが、選ぶことができると、いざ自分で選んだのに失敗したくない、という気持ちになりますね。
この状況は患者さんが退院先を選ぶのに、似ているかもしれません。
ちょっと脱線しますが、退院先を選ぶ、ということをイメージしてみましょうか。高齢で寝たきりの患者さんがいます。キーパーソンは奥さんです。もともと2人暮らしで、お子さんは既婚の息子さんが2人、まだどちらも小さなお子さんがいて、引き取って介護、ということは難しいようです。
奥さんも自分の家に住みたいという希望があります。そこで、近隣の施設への退院を検討し始めました。
「年金はありますが、貯蓄はほとんどないので、あまり高いところには入所はできません。」
「でも、しょっちゅう顔を出してあげたいので、自宅から近いところがいいです。」
「できれば、リハビリもしてもらえませんか?」
「雰囲気のいいところかしら?見学に行ってから考えてもいいですか?」
なんて言いながらあちこちの施設を巡り、
「いいところなんだけど、ちょっと遠いかしら。」
「立派な建物だけど、もう少し安いところがないかしら」
「そうそう、リハビリの回数はもう少し多くできない?」
などと、決めかねてなかなか前に進まない様子。
悩んだからって施設が増えるわけでもなくて、値段が安くなるわけでもなくて、結局その選択肢から選ばなければいけないんですけどね。
「あそこに決めようかしら」と思っていたら、別の人が入って埋まってしまったり。
病院の退院期限は近づいて、結局第2希望に入所。
まだ、第2希望ならいい方ですけどね・・・。
転職も似ています。比べてみましょう。
「できれば年収の高いところがいいです。」
「自宅から近いところがいいですね。車で20分以内。」
「週に1回は手術にたずさわりたいです。」
「医局や病院の雰囲気はどうですか?のんびりしたところがいいですね。」
なんて言いながらあちこちの病院の情報を集め、
「いいところなんだけど、ちょっと遠いな。」
「きれいな病院だけど、もう少し年収が高いところないかな」
「そうそう、当直の回数、もう少し少なくなりませんか?」
などと、決めかねてなかなか前に進まない様子。
そして意を決して「あそこに決めよう!」と思っていたら、別の人が入って埋まってしまったり。
そしてまた病院探しの旅が始まる・・・
誰しも年収が高くて、通いやすくて、最新の設備が整っていて働きやすく、雰囲気のいい職場がいいに決まっています。
ですが、そういうところはなかなか空きができないもの。提示された条件の中で取捨選択しなければ、選ぶことは出来ないのが現状です。
なかなか転院先が決められない家族には私はこのようにお話します。
「希望には優先順位を付けて下さい。誰でも安くて、近くて、いいところを希望されますが、退院期日までに空きが出るかはわかりません。ですから、どの施設が良い、というだけでなく、第1希望はリハビリのできるところ、第2希望は自宅から近いところ、第3希望は安いところといったように、条件にも希望順位をつけて下さい。」
これだけですんなり決まるわけではありませんが、この順位を提示してもらえると、ある程度優先順位を把握してこちらも動けます。
そしてダメ押しは
「次に入るところで一生過ごさなければならないと決まっているわけではありません。よりいい条件のところへ入りたいと希望するのであれば、他のところを同時に申し込んでもいいですよ。」
入所先は変えてはいけない訳ではありません。もちろん患者さんのことを考えればあまり移動を繰り返さない方が手間もストレスもないのですが、ストレートな表現をすれば失敗したと思ったら変えればいいのです。
同じように転職についても優先順位をつけることは重要です。
年収、通勤、雰囲気、外来コマ数など自分にとって今どんな優先順位が必要か、この優先順位は常に不変の場合もあれば、30歳の時はどんなに忙しくてもキャリアアップを、40歳の時は子育てを優先して時間通り終わる職場を、50歳の時では年収を、と順位が変わるかもしれません。
ちなみに今勤めている病院の私に対する評価はどうなんでしょうか。
はっきり言って不満です。聞いてください!
私の病院では年2回、院長・事務長との面談があります。特に2月頃に行われる面談は次年度の年収についても提示されます。
今年は、昨年よりも外来の患者数、入院の受け持ち患者数ともに増えていました。お疲れ様。
(心の中で)うんうん、ちゃんとわかってくれてうれしいな。
これが来年度の年収です。(と、一枚の紙を差し出す。)
・・・・・・・・・・
じゃ、今後も頑張って下さい。
!!!
びっくりした私は無言のままで面談を終了しました。
提示された紙には基本給・業績給・役職手当の3つの欄があり、そして合計が書いてあります。
確かに来年の年収は(スズメの涙ほどですが)増えています。ところが、業績給は減っていたのです!なんで!去年よりも頑張ったんじゃなかったの?・・・結局のところ基本給の増えた分が業績給の減った分よりも多かったため、多少合計が増えているだけです。
『なんなの!業績給って!!』
・・・ちなみにこれは去年の話です。
そして時は過ぎ、今年の面談では…
昨年と比べると、外来患者も入院患者数も減ってますね。
はあ・・・
ベッド稼働率も全体に下がっていて、病院の収入も減ったので、来年は頑張ってくださいね
・・・どう頑張るんですか?
・・・とにかく、頑張って下さい。
!!!!!!
・・・今回文句があるのは、金額のことではありません。
たしかに数だけ比べると去年より今年の方が外来ののべ診察患者数も入院担当患者数も減ってます。でも、それは病院全体じゃないですか!!私は決して入院の閾値を上げたわけではありません。これ以上、どうやって患者を増やせというのですか!玄関で「今ならすぐに入院できますよー」と呼び込みでもしろというのですか!!
3日間もやもやして、どうにも我慢できなかったので事務長のところに乗り込みました(その日院長はお休みだったのです)。
確かに、昨年の患者数は減っていますが、それは病院全体ではないですか?昨年も受け持ち患者数は多い方だったはずですよ!(うちの病院では毎日医者別の受け持ち患者数が張り出されています。)全体の患者数から見た私の割合、出してください!
確かに、先生頑張っていただきましたよ。割合、出しますね。・・・来年の面談からでいいですか?
つまり、今年1年間私の評価は「頑張らなかった人」のままってことかい!
私のグチを2連発で読んでいただきありがとうございます。
なかなか自己評価と周りの評価は一致しません。まして、自己評価よりも病院の評価が上であることはほとんどありません。こんなに頑張っているのに、やりたくない仕事もやってるのに、職場の雰囲気が良くなるように気をつけているのに。もちろん自己評価は私目線です。私は私のことを24時間365日見ています。
ですが病院は(たとえば院長は)まるっと1週間会わないこともあります。結局、評価は数字で表現できるような受け持ち患者数、売上、当直回数といった客観的な指数になってしまいます。それが不満なんです。
そんな中で最近増えているのがインセンティブです。
インセンティブとは成果や目標達成に応じて支払われる報酬のことです。つまり、「1か月に入院患者をのべ100人担当したら、頑張ったで賞(賞金)をあげますよ。」ということです。
このインセンティブは個人的にはモチベーションを上げてくれると思います。どんなに頑張っても「あなたは医者20年目だから。」で決まってしまう賃金よりは、頑張った分だけ“評価”されて目標を達成すればお給料も上がるわけですから。
給料が上がることももちろんうれしいのですが、“評価される”ことも重要です。つまり、頑張っていることをわかってもらえている、ということがうれしいのです。
しかしそれは個人と病院の契約の中では、の話です。
複数の医者がいる状況になると、このインセンティブは新たな問題の火種になることもあります。
インセンティブの内容をすべての医者で同じにすることは困難です。内科でも外科でも産婦人科でも精神科でも入院患者を1か月100人という絶対値で同じように評価することは出来ません。麻酔科が100人の患者を担当するには100人以上の手術がなければならないのです。
ある病院では診療科ごとにインセンティブをつけました。するとどういうことが起こったかと言うと、今まで譲り合っていた患者を奪い合うようになりました。脳梗塞の患者を目の前に、神経内科と脳神経外科が獲りあう(敢えて“獲る”という漢字を使ってます)醜い争いがおきたそうです。
そして結局インセンティブも数字にできるようなことでないと評価できないようです。「みんなと仲良く仕事していたので、給料10%アップ!」「みんなと“すごく”仲良く仕事できたので給料20%アップ!」というわけにはいかないでしょうね。ほんとはそういうところも評価してほしいのですけど。インセンティブも難しいですね。
さて、私の評価はどうなったのでしょうか。なかなか見知らぬ病院に単身乗り込み、「私は素晴らしい医者です!」と自分で言える人はいません。その代りをしてくれるのが、医師紹介業者です。転職サイトに入力した私のプロフィールを見て、紹介業者がメールで連絡をくれました。
「いくつかの病院に先生のことを伝えたら、すごく乗り気でしたよ!」・・・悪い気はしません。
この記事を書いた人
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