第2回:厚生労働省が提唱する地域包括ケアとは?
■ 記事作成日 2016/5/20 ■ 最終更新日 2017/12/6
地域包括ケアシステムの背景
前回、2025年へのロードマップについて述べてきました。今後、医療業界が抱える問題と国の施策に対して、どうあるべきか?医療機関としてこの厳しい環境においていかに生き抜くかということを今後10年間について全般的に論じてきました。
今回は、医療機関(特に病院)経営に非常に大きな転換を図らなければならない「地域包括ケア」とそれらが抱える問題について考えていきたいと思います。
1:地域包括ケアシステムが導入される背景
日本において、人口比率の多い団塊世代が75歳を迎える10年後の2025年への医療計画の全貌を前回のテーマ「2025年に完結するといわれる医療政策は本物か?(2025年までのロードマップ)」で、提起いたしました。厚生労働省の試算では、現在より約15~20万床減の約120万床が必要病床数とシュミレーションしています。
そのため、約30万人が病院から在宅医療に転換するというシュミレーションが医療政策立案のそもそもの始まりです。
2:医療圏の考え方と今後の問題
そのために、厚生労働省は各病院にどのような機能を持った病院かというアンケートを2015年秋に行い、各病院がどのような医療・機能を持った医療機関であるかということの希望をとったという形をとりました。いわば、病院の「意識調査」を確認するというような性格を持った調査でした。
これらのデータを元にして、47都道府県ごとに専門調査会の1次報告を発表しました。このデータを見ると、埼玉・千葉・東京・神奈川・大阪・沖縄の6地域で病床不足が挙げられます。特に、関東近辺については人口集中が他の地域に比べて過密状態であることがわかります。特に、埼玉県は人口当たりの医師数では全国最低であり、医療後進県であることが露呈しました。
逆に、神奈川県は県内の医療機関より、東京の医療機関を受診していることも統計的に分析され、首都圏の医療構造の歪みが大きな問題になっています。
また、機能病床別に分析してみると、「高度急性期」「急性期」「慢性期」病床については過剰、「回復期」については大きく不足することがわかりました。このデータはあくまで病院側の「希望」による数字であるので、このまま希望通りになるとは到底思えません。
次期診療報酬時の2018年に必要病床数は、最新の人口推移推定に応じて再検討されることは予想できます。また、その病床数に応じて各都道府県の医療計画が策定されることになります。
3:高齢者の大移動が必要なのか?
このことを大きく取り上げたマスコミは、まるで高齢者を囚人扱いのごとく人口の大移動がなければ、医療介護が受けられなくなる都道府県(ほとんど首都圏のことだが)が出てくるのではと問題提議しています。確かに、30万人が病院から追い出される格好になりますので、自宅で医療介護を受ける高齢者が出ることは間違いないようです。
しかし、永年住み慣れた都会を離れて、買い物さえに行くのに車で30分もかかるような地方に移住するでしょうか?受け入れ自治体は人口が増えるので喜ぶでしょうが、おそらく答えは「NO」だと思います。
出典:「医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査第1次報告」
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/shakaihoshoukaikaku/houkokusyo1.pdf
地域包括ケアシステムのワナ
1:医療費
このような課題の他にも、いくつかの問題も抱えています。現在のまま人口の都心一極集中がなくならないと仮定すると、各都道府県ごとの医療介護に関しても「強制的な」修正が迫られます。なぜなら、厚生労働省は47都道府県の受療率の均等化が理想的としているからです。
最悪の場合、各都道府県の地域差をなくすため、病床数を調整し低い受療率の都道府県をベースにした均等化が図られる可能性も加味しなければなりません。つまり、人口の多い都道府県の慢性期等の病床数を減らし、在宅医療に移行させることを意味します。
さて、ここでひとつ疑問が浮かびます。
病院を追い出された高齢者は、自宅で療養することになります。そのため、医療機関は在宅医療に力を入れますが、医局と同じ建物内にある病院であれば、治療はすぐにできます。その一方、訪問診療は効率的でしょうか?
答えは「NO」です。病院に集めてケアした方が効率的なはずです。訪問診療では、医師や看護師の負担に加え、患者宅に出張しなければならないため、地域包括ケアシステムになると医療費は、増加するはずです。また、地域包括ケアシステムによって、電子カルテの共有化による受付システムの共有化・やクラウド型電子カルテ導入などのICTへの初期投資も見過ごせません。
収益性の高い病院ならともかく、診療所レベルで果たしてどこまで負担するでしょうか?診療所の電子カルテでさえ、普及率はほとんど変わらなかったことを考えると疑問が残ります。
2:地域格差
また、地域包括ケアシステムは、中核病院(大学病院及び公立総合病院になるでしょう)を中心とする2次医療圏を前提に計画されています。確かに、地域的に発展していて人口密度が高い地域は特に問題ないでしょう。しかし、過疎地に関していえば、現在でも病院が閉鎖してる状況下、県境に住んでいるような地域ではどうでしょうか?
中核病院までは車で1時間かかり、一方では隣の県の病院の方が近いという弊害も各地で起こりうる可能性を秘めています。特に面積の広い北海道などでは、地域割りが大きな問題になるのではないでしょうか?
3:社会保障費
社会保障費も全面改正が必要に迫られるでしょう。これだけ高齢者が多くなれば、特に後期高齢者の医療制度についても、自営や会社経営者など収入の多い方と、年金暮らしの方が同じ負担額というシステムも見直しせざるを得ません。タックスヘイブンではないですが、貧乏人がせっせと税金と払っているにも関わらず、お金持ちは優遇されすぎるという社会構造にもメスを入れなければならないでしょう。
4:医療法人制度
現在では、小規模医療法人に関して1人理事長兼院長は認められていますが、今後地域ごとに「地域医療連家推進法人」が設立されることになりそうです。その結果、医療法人同士のM&Aが常態化し、地域独占状態になりかねません。
厚生労働省は医療法人同志を競合させ、モチベーションを上げさせようと思っている構想も見え隠れしています。このような頻繁な合併・閉鎖で医療従事者は、移動・転勤を余儀なくされ疲弊していく可能性を含んでいます。
それ以上に切実な問題は、医療従事者の需要と供給のバランスです。特に医師は、医学部を増加させて医療需要に早く供給しようとしていますが、2025年には供給過剰するとの推測する研究者も多いようです。
また、急性期病床が急減した場合、7対1でなくなる看護基準崩壊において、看護師の供給過多になる可能性も高く、これらの環境下では診療所を開業せざるを得ないということも予測されます。
しかし、今までの臨床現場では専門性が重要視されてきたため、開業後に関して障害が立ちはだかります。それが、「総合診療医制度」です。全ての病気に対する臨床知識と技術を習得し、診療所の医師は今まで以上に臨床レベルを上げることが求められます。
地域包括ケアシステムにおいて、診療所は病気の早期発見である「スクリーニング」と通院・治療などの役割が非常に大きくなります。
「診療所の役割とは」
- いかに早期のうちに中核病院に送患し、治療することができる。
- 退院後、いかに患者負担の少ない治療方法で、完全治癒を目指す。
- 在宅患者に関してのケアと看取り。
医療環境に関する問題
今まで医療機関は、国民皆保険制度のおかげで、一般的な経済状況からかけ離れた独自の経営状態を維持してきました。しかし、地域包括ケアシステム状況下において競争にさらされることとなり、マーケティング理論に基づいた経営戦略の策定を根本から組み直すことを求められます。地域における位置付け・自院の強み・患者層の切り分け及び絞込みなどを総合的に分析しながら、立ち位置を確保する必要があります。
そういった意味では、理事長=経営者である現在のシステムには、限界がありそうです。経営やマーケティング理論が医療業界にも必須となり、ますます民間の力に頼る場面が多くなるでしょう。医療の質とサービス・患者に対するユーザビリティー・ホスピタリティーを確立した病院しか生き残れなくなる、そんな時代にもう間もなく突入することになりそうです。
この準備ができているのかできていないのかが、今後の病院の将来を左右することになりそうです。医師は、そのためにも医学的知識・臨床技術だけではなく、情報収集力や折衝力・集患力がますます必要になるでしょう。
また、前回でも提唱しましたが、現在の「フリーアクセス制度」「全国での診療報酬統一化価格」の動向が、どのような方向性になるのかということも将来を左右する重要なファクターになりそうです。
それに加え、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の影響がどのように医療業界に波及するかも予想しなければなりません。外資系医療関連企業だけでなく、外国人の医療従事者の規制が緩和されれば、医療現場に外国人の医師や看護師がかなりの量で流入することも推定されます。
その結果、英語やその他外国語が堪能で、人件費の安い医師や看護師を採用するようなことになることは、民間企業を見れば明らかです。これらの外的環境にもさらされることにも、注目すべきでしょう。現在は、日本語(特に漢字)が障壁になっていますが、TPP加盟の海外諸国からの圧力によって緩和されることは目に見えています。
また、科学技術の発達も見逃せません。特に、AI技術による「ディープラーニング」などは大きな脅威になるかもしれません。今まで不可能といわれてきた「囲碁」でさえ、ディープラーニング技術と人工知能により、世界最高峰の囲碁のプロ棋士を凌駕するまでになってきています。近い将来、コンピューターによる医療診断システムや画像読影システムなどが発達すれば、外来臨床に関して医師は「確認・承認」だけの業務になるかもしれません。
逆に介護の人材確保の面では、TPPにおいて外国人の人材確保やロボットによる認知症患者に対する業務などは、すでに実績を上げつつあります。これら介護現場が充実してくれば、完全治癒が不可能といわれている「認知症」患者は、医療ではなく介護現場が担う方が合理的かもしれません。
以上のように、医療現場の職場環境問題だけでも、いろいろな諸問題が山積していることも、よく認識しておく必要があります。
地域包括ケアシステムの本当のねらい
これまで述べてきたように、地域包括ケアシステムはいろいろな問題をはらんでいます。厚生労働省のお手本はイギリスを参考にしているようですが、それにしては国の介入があまり感じられません。
1:お手本はイギリス
イギリスは、政府が率先して脳梗塞の「t-PA」を積極的に推進するために、大キャンペーンを行ったそうです。全国民がわかりやすいよう「脳梗塞」のサインをCMにして、全国放送したりポスターを大量に作ったりして早期発見キャンペーンをした甲斐あって、大幅に脳梗塞の早期発見率が改善したりしています。また、ホームドクター制度を徹底させ、各地域の医療機関への受診は、指定のクリニック以外は受診させない徹底ぶりです。
これに対して日本は、広報活動も徹底していませんし、医療も地方自治体に権限移譲を計画しています。また、診療報酬制度も複雑で、システム化を目指してもおおよそ実現不可能な上、医療現場の負担も看過できません。その上、TPPや地域包括ケアシステムなどで、ますます医療現場の負担が増えるような方向性を秘めています。
2:厚生労働省の思惑とは?
地域包括ケアシステムの本当の狙いは、医療費を削減する事ではなく、病院に頼っていた医療システム自体を「生活の場」に移すことが狙いのような気がします。しかし、そうなると、今まで病院の医師が作成していた死亡診断書を、地域の医師(正確には診療所の医師)が負担することになるということです。
単純に、病院の医師が疲弊する対策として、診療所の医師に業務移行し生み出されたシステムといわざるを得ないのでしょうか?
この地域包括ケアシステムの原形は、1970年に広島県で始まった出前医療、訪問看護、保健師による訪問、リハビリテーション、地域住民 による地域活動等の展開を基礎としたモデルとされています。その制度が全国津々浦々どこの地域でも流用できるようになるためには、専門家による意見を尽くす努力と、各地域ごとの協力がないと成り立たないシステムであることです。
そのためには、厚生労働省を中心とした関係団体の協力や、人口動向の推移など複雑な要因が絡み合い、現段階では流動的なことであることは確かなようです。
この記事を書いた人
医師キャリア研究のプロが先生のお悩み・質問にお答えします
ツイート