第6回: 医院開業を実現するために必要な3つのポイント
■ 記事作成日 2016/6/22 ■ 最終更新日 2017/12/6
医師の独立開業戦略に使えるフレームワーク
現在勤務医をしながらいつかは開業したいと思っていても、中々重い腰が上がらないあるいは踏ん切りがつかないという先生は結構多いのではないでしょうか?開業医といえども、個人事業主として「一国の主」になるわけです。自分の生活もそうですが、「人を雇う」という意味はとても責任重大です。従業員の後ろには、家族という見えない責任があります。その家族を支えなければなりません。
それでは、現在の診療所数はどのくらいあるのでしょうか?下記のグラフをご覧ください。一見増えているように見えます。しかし、全国規模で言うとわずか0.5~1.0%程度です。
毎年、新規開業数は5,000施設といわれています。一方、閉院・休業の施設は、3,000件くらいだったものが、近年5,000件近くまで増えてきており、新規開業と閉院・休業が迫る勢いになってきています。さらに、高齢の開業医が事業継承できずにいたしかたなく閉院しているケースも多くなってきています。
今後は、地域包括ケアシステムなどの医療政策が次々と施行されることになり、「医療経営は安泰の時代」も終わりを告げようとしています。
一方、病院と医師の数を上記の2つのグラフを見てみると、医師の需要先の病院の環境は、診療所より厳しい状況であることがうかがい知れます。病院の閉鎖数(毎年40~50施設)が多くなっている上に、医師数(3,500~4,000名)が増えていることになります。
これらの状況を考えると、ますます病院に勤務できない医師が増え続けることを示唆しており、医師の余剰がクリニック開業に繋がっていると考えられます。
経営という大きな壁
そのような状況下の中で、新規開業するにはかなりの準備をしなければなりません。特に「経営者」という状況下の中でどれだけ診療に集中できるかということがカギになります。そのためには、開業をすると決めたからにはそれなりの準備をすることが重要です。
1:コンセプト作り
まず、自分が何をするために開業するのかはっきりしておかないといけません。まず、自分でしっかり明確化することです。ここをはっきりしないで開業コンサルタントに任せてしまうミスを犯しがちなケースが多いようです。自分のクリニックは自分で自主的に動かないとあとで後悔することになります。
開業に関しては、いろいろなセミナーが開かれていますので、たくさん受講されることが賢明です。繰り返し聞いていくうちに、開業に関しての「キモ」がつかめてきます。資金繰り・融資などに惑わされないよう、このコンセプトを固めていくことが重要です。
そのためにオススメしたいのが、「自己棚卸」です。大人になると、改めて「自分」を見つめ直すことも少なくなります。また、自分の過去やこれまでの経験・得意不得意などをびっしり文章にしていきます。これをやることによって、これから「やること」「できること」「やりたいこと」が明確になり、自分が何を目的に開業するのかという大きな課題に改めて向き合うことになり、考えさせられます。
下記にサンプルを示しました。実際には、25問の設問があります。この自己棚卸の特徴は、書けば書くほど後になってヒントになることが多いのが特徴です。違う世界に飛び込むことになるわけですから、もう一度「自分の原点」を見つめ直してみると見えてくることも珍しくありません。この自己棚卸を1週間かけてやってみるというのが、開業に向けての第一歩ではないかと思います。
また、現在開業している院長先生でも自己棚卸をやってみることは良いことだと思います。うまくいっていないことがあったりしたら、ここにヒントが隠されているかもしれません。毎日、診療に追われ、資金繰りや、スタッフや患者さんのことで悩んでいたりしていませんか。一度立ち止まって、じっくり時間をかけて自己棚卸をやってみると、今まで気づかなかったことが見えてくるかもしれません。
この自己棚卸をすることで、必然的に目的・目標がわかってきます。なんとなく考えてもなかなかいいアイデアが出てこないとき、この「自己棚卸」はそれらのヒントを導き出してくれます。調査によると、自分のことがわかっていると回答する人は7%だったそうです。
これに加え、開業する予定のクリニックは、どのような使命をもって運営していくのか、ということを院長先生はじめ受付・看護師など全員のスタッフが同じベクトルを目指してやっていかなければいけません。開業後はこの点が非常に重要で、しっかりとしたコンセプトでスタッフ全員が、同じ方向突き進むことにより良い医療を展開できます。
その上、自発的な考えを持つことにより、モチベーションが高く長く続くため、退職率も抑えられる効果もあります。毎日同じ繰り返しのマンネリとしたクリニックから脱却するためには、この考え方は非常に重要になってきます。
2.目的・目標
目的・目標の前に、「自立的姿勢」(充実の欲求)と「依存的姿勢」(安楽の欲求)についてお話ししたいと思います。
下記をご覧ください。「楽に生きていたい」「充実した人生を送りたい」という両極端な考え方、全てのことに取り組む姿勢について図式化したものです。楽に生きるか、充実した毎日を過ごしたいかということは、すべて自分の取り組む姿勢ということがよくわかります。
※出典元:Exwill Partners co Ltd.「起業に向けたマインドセットと、強み認識のための自己棚卸」
さて、これから本題に入ります。コンセプトに続いては、「目的・目標」です。このあたりは、抽象的であいまいな表現が多いため、先生たちがもっとも苦手にしている分野です。しかし、自己棚卸が終わっていれば、そこから「目的・目標」を導き出すのは比較的容易です。
さて、ここで疑問な点がありませんか?「目的」と「目標」何が違うのか?という点がはっきりしないと思う方が非常に多いようです。それでは、「目的」と「目標」の違いを説明しましょう。
・目的
最終的に実現しよう、成し遂げよう、到達しようとして目指すものを目的と解釈します。例えば、クリニックのコンセプトがそうであるように、小さな目標を1つ1つクリアしていって、最終的に到達するものと捉えていいのではないかと思います。
目的は、概念でも構いませんし、数字などを入れて明確にしなくても構いません。開業する時に描いた夢を思いっきりふくらませてください。目的を聞いただけで胸が熱くなるというようなものであればベストです。
・目標
目標についてはなるべく具体的に、「いつまでに何を達成する」など期間や時間など具体的に設定するのが目標になります。小さな目標から大きな目標まで、段階に分けていくつか設定するといいでしょう。これらの目標を1つずつクリアしていった先に「目的」が見えてくるという前後関係が理想です。
3.フレームワーク
「フレームワーク」って聞いたことがあるようで、意味がよく分からない方が多いようです。業界によって使う意味も異なるようですが、基本的には「共通して用いることが出来る考え方、意思決定、分析、問題解決、戦略立案などの枠組み」のことを指します。
つまり、これから開業するにあたって、不安なこと・わからないことなど知恵を絞ってアイデアを出し合いましょうということです。それを複数の人が共通認識できるツール(共通言語といっても過言ではありません)を「フレームワーク」と呼びます。
例えば医師同士であれば、カルテを見ただけでどのような考えでどのような治療をやってきたかというのがわかりますが、一般の方には理解不能です。これでは、宝の持ち腐れなので、電子カルテや他のソフトで優しく書き換えられ、ツールやグラフ・図式などでわかりやすくしたのが、「フレームワーク」になるというわけです。フレームワークにはいくつか種類がありますが、代表的なものをご紹介します。
1.SWOT(スワット)分析
自社の強みと弱み、競合や外部要因からの機会と脅威を分析するための代表的なフレームワークです。民間企業では事業の現状分析からビジネス機会を明らかにするため、事業戦略やマーケティング計画を決定する際に用いられます。まさに、これから開業を準備している段階で分析すべき代表的フレームワークのひとつです。できるだけたくさんの要因をピックアップし、下記の4つに当てはまるところに振り合分けます。
SWOT分析を行い、強み弱みを見極めることで自院の立ち位置が明確になり、脅威に対する対策を早めに行うことが可能です。
SWOT分析は、下記の4つの項目を分析します。
- 内部要因の強み(Strengths) → 自院の強み
- 内部要因の弱み(Weaknesses) → 自院の弱み
- 外部要因の機会(Opportunities) → 自院のチャンスとなる外部要因
- 外部要因の脅威(Threats) → 自院を脅かす外部要因
自院の強み×機会 → 強みを生かして地域に食い込める要因があるか
(例:近隣に競合する診療科目の施設がない)
自院の強み×脅威 → 強みが逆に脅威になる要因があるか
(例:医療政策が自院の方針に不利にならないのか)
自院の弱み×機会 → 自院の弱みを補完する仕組みなどはないのか
(例:スタッフが少ない、人通りが少ない場所)
自院の弱み×脅威 → 自院の弱みを最小限にとどめる要因があるか
2.3C(サンシー)分析
3C分析は、戦略策定時における市場分析のためのフレームワークです。3C分析により医療ビジネス環境における自院の課題の発見・成功要因を導きだします。3C分析の市場分析で明らかにすることは、市場や患者ニーズの「変化」です。分析では必ず「変化」に着目するようにします。
医療機関においては、情報の公開がほとんどなされていないことが多いので、競合施設情報収集には手間取ると思います。患者さんの噂や口コミなどが重要ですが、よっぽどのことがなければ情報収集することは不可能でしょう。地域医師会など今後の関係を保つためにも強引なやり方には避けた方が無難です。
予算があれば、抜き打ち調査を手掛けるビジネスもあるようですので、そのような業者を使う方法もあります。しかし、どうしても私的感情や先入観が先んじて出てしまうことも考えられます。公平な評価に繋がりにくい競合施設の分析に関しては、Webサイトをよく分析することでも十分に情報収集することは可能です。
3Cは、下記の頭文字の略称です。
・市場、顧客: Customer
→ 市場や患者のニーズの変化を知る
・競合: Competitor
→ 競合が市場や患者のニーズの変化にどのように対応しているかを知る
・自院: Company
→ 自院が市場や患者にニーズの変化に合わせ、競合施設の対応を見ながら、自院が成功する要因を見いだす
3C分析ではこのように自院が事業を行うビジネス環境での成功要因(KSF)を導きだすことを目的とします。
3.STP分析
STP分析とは、
- セグメンテーション(市場の細分化)
- ターゲティング(患者さんの絞込み)
- ポジショニング(自院の立ち位置)
の頭文字を取り、市場のニーズを満たす軸に対して自院の優位な位置づけを演出する自院の強みやサービスのポジショニングを決めるためのフレームワークです。
保険診療が中心の医療業界では差別化が難しい業界のひとつですが、比較的導入しやすいフレームワークです。しかし、自社の立ち位置を確認する意味でも、必ず取り入れたい分析手法です。これらを分析することによって、これから開業する経営方針の方向性が明確になるので、経営戦略を立てやすくなります。
これらの基礎資料になるのが、厚生労働省が公開している「医療施設調査」(毎年発表)等の統計資料です。この基礎データを元にして、「医療圏調査」を実施した方が時間・
手間も大幅に削減できます。医療関連の業者さんであれば、開業予定地が決まればすぐに実施してくれます(開業後の取引先になることが条件のようなものですが)。
「医療圏調査」によって、クリニックであれば1~2km圏内にどの程度の競合施設が営業しているか、近隣住民の治療状況からどの程度患者外来数が見込めるのかを簡単に分析することが可能です。
この「医療圏調査」によって得られた情報を、STP分析によって再度落とし込み、自院の立ち位置を確認できます。これらを検討することによって、その地域で開業すべきかどうかある程度判断することが可能になります。
※出典元:カイロスマーケティング株式会社「STP分析をマスターして勝てる戦略を見出そう」
【まとめ】
さて、いかがだったでしょうか?開業するために準備しなければいけないことが結構あることがご理解いただけると思います。開業準備というと、テナント探しや資金計画・資金繰りなどに注目しがちですが、その前にもっと考えなければならないことがまだまだたくさんあります。また、これらのフレームワークは、開業前だけではなく毎年検討し直した方が、精度も高くなります。それに応じて目標もブラッシュアップしていけばよいのです。
特に、診療報酬の改革が叫ばれている中、厚生労働省のさじ加減一つで経営状態が大きく変わってしまう可能性もあります。そのため、これらフレームワークを多用し、自院の状態と立ち位置を確認した上で、次年度の経営戦略を練り直すことがこれからの生き残りに大切なことではないでしょうか?
この記事を書いた人
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