医師の退職金制度と確定拠出年金
■ 記事作成日 2018/6/11 ■ 最終更新日 2018/6/11
医師の皆さんは、ご自身の退職金がどの程度見込めるか、把握されていらっしゃいますか。
医師は一般的な会社員と比較して転職が多く、勤続年数としては短くなりがちです。
退職金は、勤続年数が一定以上でないと額がのびませんので、年収が高くても、長年勤めた公務員の看護師や事務職員に比べて著しく退職金額が低いケースも多いでしょう。
今回は病院の退職金制度の仕組みと、確定拠出年金による個人年金のメリット・デメリット等について調査しました。
医師の退職金制度
医師の年収は一般の会社員と比較して高水準ですが、退職金の支給水準は決して高いとは言えません。もちろん勤める病院により異なりますし、役職の有無によって異なります。
基準も様々ですが、常勤医師として10年勤務しても200万円から500万円といった水準です。医師の採用時点では、退職金制度の点はあまり問題にはならず、その分現在受け取る年収の水準を高く設定することが多いです。
そもそも医師については一般の従業員とは就業規定が別に作成されている場合や、退職金規定が設けられていない場合があります。退職金については、規定として払うというよりは慣例として支払われているだけというケースもあります。
一方、公立病院の場合は民間病院に比べ退職金の支給水準は高い傾向にあります。上記の場合で800万円から1000万円程度支給されることもあります。退職金規定等の制度も整備されています。その分、通常の年収は民間に比べるとやや低めの設定になっていることもあります。
民間病院の医師の場合
- 大学医局との行き来や、転職もあり一つの病院に在籍する期間が短いことがある
- 60歳を超えても診療を続ける方が大半で定年年齢を70歳とする病院もある
- 給与は年俸制にすることが多く、また基本の年収が高いため一般的な退職金制度にそぐわない
- 退職金よりは現在の年収を高めに設定することを選ぶことも多い
といった点などから、退職金については、あまり制度が充実していないのが現実です。
一般的な退職金制度
次に少し視野を拡げ、病院など一般的な退職金制度について考えてみます。まず、法令では退職金制度どのように定められているのか御存知でしょうか。
労働条件の基本を定めている労働基準法では退職金制度を義務としていません。労働基準法89条では「退職金の定めをする場合には就業規則に記載しなければならない」という条文がありますが、それ以上の規程はなく、退職金制度自体は無くてもいいのです。
労働基準法の規定範囲外の制度で、退職金を支払うか否か、支給水準については企業が決めてよいことになっています。ただ、退職金制度を設定するかどうかは使用者側の任意ですが、就業規則などで定めている場合は退職金の支払いは企業にとっては義務となり、労働者の権利となります。
退職金には「退職一時金」と「退職年金」があります。
退職金というと「退職一時金」のイメージが強いですが、退職時に企業から支払われる手当としては「退職年金」という制度もあります。「企業年金」とも呼ばれ「国民年金」や「厚生年金」とは別に各企業が社員のために任意で導入する年金制度です。
退職金制度をまとめると以下の表になります。
退職給付金 | 確定項目 | 制度の種類 | |
---|---|---|---|
退職一時金 | 確定給付型 | 退職一時金制度 | 基本給連動型 |
ポイント型 | |||
定額制 | |||
確定拠出型 | 中小企業退職共済制度 | ||
特定退職金制度 | |||
退職年金 | 確定給付金 | 確定給付型企業年金制度 | |
厚生年金基金制度 | |||
キャッシュバランスプラン | |||
確定拠出型 | 確定拠出年金制度(企業型 |
1.退職一時金
a.確定給付型
基本給連動型
退職一時金の金額を算出する方法の一つで退職時の基本給を元に、以下の式で計算します。
「基本給」×「勤続年数」×「給付率」=「退職一時金額」
従来型の退職金の算出方式ですが、企業業績や従業員の貢献度に関係なく金額が上昇してしまうなどのデメリットが指摘されています。
点数(ポイント)制
職能、社内評価、役職や資格などを点数(ポイント)化して、ポイント単価を合算して退職金額を算出する制度です、企業への貢献度が重要視され、退職金額に反映されるのが特徴です。
定額制
退職時の基本給は考慮せず、勤務年数によって給付額を決めるシステム。役職に対する特別な上乗せ以外は「勤続年数」「退職事由係数」のみで決定します。
b.確定拠出型
中小企業退職共済制度
中小企業退職共済制度は中退共と呼ばれる国が運営する制度です。企業独自での退職金制度運営が難しい中小企業向けの退職一時金制度です。
掛金を事業主が拠出して社外で積み立てを行い、企業の退職金支給の原資に充てられます。
特定退職金制度
商工会議所や商工会が運営する制度で、中退共と同様に掛け金を事業主が拠出して社外で積み立てを行い、企業の退職金支払いの原資に充てられます。
平成27年に厚生労働省が行った「平成27年退職金、年金及び定年制事情調査」によると、
- ・退職一時金制度を採用しているのは調査対象企業のうち91.7%
- ・退職一時金の算定基礎に退職時の賃金を用いるのは14.1%、それ以外は86.4%
- ・退職時の賃金以外を算定基礎球とする場合、「点数(ポイント)方式」といって職能等級、勤続年数等を点数に置き換えて算定する方式(77.9%)」や「別テーブル方式(17%)」をとっている
とのデータがあります。
2.退職年金
a.確定給付型
確定給付型企業年金制度
「確定給付企業年金法」に基づく企業年金制度です。掛け金は基本的に企業側が負担しますが、加入者が拠出することも可能です。
企業側が一括運用し、または給付額を企業側が保障しており、運用に対するリスクは従業員側にはありません。
厚生年金基金制度
「厚生年金保険法」に基づく企業年金制度です。掛け金は企業と社員が折半して負担します。確定給付型企業年金と同様に、運用も給付額保証も企業側が行うため従業員側にリスクはありません。ただし企業側が破綻してしまう場合もあります。
キャッシュバランスプラン
基本的には「確定給付型」ですが、確定給付型と確定拠出型の中間的な制度です。掛け金は原則企業側で負担ですが、給付金については一定額までを企業が保障し、残りについては景気により変動します。企業側と従業員側でリスクを分担する制度です。
b.確定拠出型
確定拠出型年金制度(企業型)
「確定拠出年金法」に基づく年金制度で、2001年の導入時は「日本版401K」などと呼ばれていました。掛け金は企業側が負担しますが、運用先は従業員が決め、その運用益は従業員に給付されます。運用実績により給付額が変動し、従業員側が運用リスクをとります。
世の中の流れとしては、退職金を一時金で支払う制度は企業側の負担が大きく、また企業が倒産するなどした場合は社員への影響もあります。
また、従来多かった確定給付型企業年金制度では、従業員へ支払う年金金額を、企業側が保障する反面、運用成果の悪化などで資金が不足する場合もあり、その場合企業側で補てんする必要があるといった面もあります。
確定拠出年金制度の場合は、運用の成果がそのまま年金として支給される仕組みなので、仮に運用成果が悪化したとしても企業側にとってのリスクはありません。
確定拠出型年金制度
確定拠出型年金制度は、これまでの年金制度が抱える問題点が浮き彫りにでるなかで、国民の老後資金の準備のために新たな選択として注目されている制度です。
3階部分 | 確定拠出年金 |
企業年金・厚生年金基金 |
2階部分 | 国民年金 | 厚生年金 |
1階部分 | 国民年金 |
給付種類 | ||
---|---|---|
老齢給付金 | 60歳から受給可能 | 年金または一時金 |
障害給付金 | 高度障害時 | 年金または一時金 |
死亡一時金 | 死亡時 | 一時金 |
1.個人型年金と企業型年金
確定拠出型年金は、加入者の属性によって個人型年金と企業型年金の2つに分けられます。
a.確定拠出型年金の個人型年金
- 実施主体:国民年金基金連合会
- 加入対象:個人事業主(国民年金第1号被保険者)、企業型年金・厚生年金基金・確定給付型企業年金等に加入していない会社員、公務員や私立学校教職員の共済組合に加入していない人たち(国民年金第2号被保険者)。
- 掛金負担:加入者
- 拠出限度額(税制優遇を受けて上乗せが可能な金額の上限)…◆個人事業主(第1号被保険者):月額6万8000円(国民年金基金や国民年金付加保険料と合算)、◆会社員(第2号被保険者)で企業年金・企業型DC未加入者:月額2万3000円
b.確定拠出型年金の企業型年金
- 実施主体:企業型年金規約において承認済みである企業
- 加入対象:企業型年金を実施している企業に勤務している従業員(国民年金第2号被保険者)。
- 掛金負担:原則として事業主。規約に定めていれば加入者が支払うこともできます。
- 拠出限度額…◆確定給付型の年金(厚生年金基金など)を実施していない場合:月額5万5000円、◆確定給付型の年金を実施している場合:月額2万7500円
2.確定拠出型年金の運用上の特色
確定拠出型年金は従来の年金制度と異なり、複数の運用商品から加入者自身が選んで運用を指示します。運用できる商品の主なものは以下の通りです。
- 預貯金
- 株式
- 投資信託
- 信託
- 公社債
保険商品などで、これらの運用商品を加入者のために選定・提示する際には、選択肢として3つ以上の商品を用意しなければなりません。資産残高(掛金+運用収益)は加入者ごとに記録され管理されます。
記録の通知は年1回以上行われます。加入者が離職(退職)により国民年金へ加入した際には個人型年金へ資産を移行できます。転職した先が企業年金を実施していればそこへ資産を移行できます。
3.確定拠出型年金の優遇税制
確定拠出型年金の運用による収益に対しては、全てが非課税扱いになります。これには分配金配当、利息、売却益なども含まれます。確定拠出型年金の個人型では加入者が支払った掛金は小規模企業共済等掛金控除によって全額所得控除の適用となり非課税です。
確定拠出型年金の企業型年金では加入者のために事業者が支払った掛金は全額を損金算入することができます。また加入者自身が支払う場合は、小規模企業共済等掛金控除によって所得控除の適用となり、いずれも非課税になります。
4.メリットとデメリット
メリット
a.掛金が全額所得控除
個人型の掛金は全額が所得控除されます。生命保険料控除は支払った保険料の一部のみしか所得控除されませんが、確定拠出型年金は全額が控除されるため、所得税・住民税の控除という面ではメリットが大きいです。
医師の中では、「税金の控除」によってどれくらいの実質的な手取り増につながるのかイメージできていない方も多いと思います。
たとえばある年に30万円の控除があった場合、収入総合から30万円分からは税金をとられずに受け取れるということです。「単発でアルバイトをして1日10万円もらっても半分近くは税金で持っていかれる」というやるせなさを感じることがあると思いますが、控除を増やすということはその逆が起こるわけです。
給与が30万円増えても、実質の手取り増は15万円くらいですが、確定拠出年金に拠出する場合は、額面年収から30万円分をそっくりそのまま投資できるということなのです。
b.運用益が非課税
確定拠出年金おいて運用される商品の分配金・利息・売却益などはすべて非課税になります。これはNISA(少額投資非課税制度)にもありますが、NISAは5年間だけです。確定拠出年金の場合は60歳(最長70歳)まで非課税で運用ができます。長期間非課税で複利運用できるメリットは大きいです。
c.年金受給時の税制優遇
確定拠出型年金(個人型)で積み立てた年金残高を「老齢一時金」として受け取る場合は「退職所得」とみなされ「退職所得控除」が適用されます。掛け金を積み立てた年数は退職所得控除計算上の勤続年数とみなされます
医師は退職金が少ないので、そのままでは退職所得控除の恩恵をあまり受けられませんが、この制度を利用することで、その恩恵に与ることができます。退職金というのは税制上の優遇が大きく、退職金のうち税金がかかるのは、退職所得控除を引いて、さらにその金額を2分の1にした金額に対してなのです。この、「2分の1にしか税金がかからない」というのは、かなり手取り額に影響します。
デメリット
a. 60歳までは原則解約不能
確定拠出年金は、あくまでも「老後のための資産運用」です。公的な年金制度に位置付けられ、所得控除などの大きな税制優遇が設けられております。
そのため拠出していた資金を60歳以前に受け取る(引き出す)ことはできません。月々の掛金を減らすことはできますが、支払済みの掛金は60歳までは原則引き出せないという流動性リスクがあります。
医師の場合、日々の生活における運転資金に困ることは多くありません。特に30-40代の若いうちは(散財もしがちではあるものの)まわりと比較して相対的に所得も高めなので、始めておくといいでしょう。しっかり複利の効果を得るにも、ある程度の年数が必要です。
b.所定の手数料がかかる
確定拠出年金(個人型)を利用する場合には毎月一定の定数料が発生します。
- 国民年金基金連合会手数料:103円/月
- 事務委託先金融機関:64円/月
- 運営管理機関手数料:無料~450円(金融機関により異なる)
小額ですが30年などの長期になると金額は大きな差があります。
勤め先の医療機関がある場合は、一括して一つの金融機関が請け負っていることもありますので選べませんが、個人型で始める場合には手数料の安いネット証券などを利用する方がいいかもしれません。
c.運用リスク
確定拠出年金は確定給付年金や年金保険と異なり、将来受け取ることができる金額があらかじめ確定しているわけではありません。「確定」という名前がついているにも関わらず紛らわしいところですが、掛け金を拠出して預金・投資信託党の商品で運用する分、その成績によって受け取れる額が変動するわけです。
元本保証の商品もありますが、リスクがある商品に投資をした場合、支払額より給付額が少なくなるリスクがあるということです。
まとめ
今回は退職制度や年金制度についてまとめてみました。
ご覧のように民間病院にお勤めの医師の場合、一般の会社員のような退職金は残念ながら期待することはできません。そのため、老後の資金については、早い段階から準備が必要になります。
退職金の水準は別ですが、年収水準は高く、支払う税金も大きいと思われますので、例えば今回ご紹介した確定拠出型年金等を活用し、所得控除の優遇制度などを活用しながら準備しておくのも方法の一つかもしれません。
特に医師は若い時には相対的に年収が高く、かつ大学院や留学など、個人型で加入できる期間がある場合もあります。投資は年数をかけるほど最終的なリターンが変わりますので、若いうちにしっかりつぎ込んで、老後はその分、時間的にゆとりのある生活を目指してはいかがでしょうか。
この記事を書いた人
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