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社内に「産業医がいることのメリット」を感じさせることが肝要

 

■ 記事作成日 2017/10/16 ■ 最終更新日 2017/12/5

 

臨床医にとって、「産業医になる」という選択肢は比較的身近であるものの、実際にはその業務内容や生活についてはぼんやりとしたイメージしか持てず、よくわからないといった方が多いでしょう。

 

「9時5時勤務で健診や会議くらいだろうし、臨床をやるより責任も少なくて楽そう」

 

「都心のオフィスで働けそう」

 

といったポジティブなイメージや、

 

「工場でよく知らない化学物質を扱っている人の健康管理をしなければならない」

 

「仕事にやりがいを感じられるのかわからない」

 

といった、ネガティブなイメージを持っている場合もあるでしょう。

 

実際、産業医大出身でもあまり積極的に産業医になりたがる人は少ないという事実からすれば、とても魅力的な職業かはわからないけれど、一方で元々臨床医をやっていて産業医に鞍替えして、楽しくやっている友人もいる。
果たして実態はどうなのでしょうか。

 

今回、産業医として勤務した経験を参考に、産業医の本音と建前、うまくやるコツと難しさ、メリット・デメリットなどについて考えてみました。

 

産業医の雇用形態と法律

 

まず、産業医として働く際には、2つの雇用形態があります。

 

1つは嘱託として非常勤で働く場合。
もう1つは専属として常勤で働く場合です。

 

嘱託は、要はアルバイトです。
月1回、1回につき数時間数万円という働き方です。
専属の場合は原則として週5日勤務、サラリーマンと同じような出勤です。

 

専属は、正社員扱いの会社もあれば、有期の契約社員という場合もあります。

 

産業医は、労働安全衛生法で規定されています。
職場の人数規模によって、嘱託でいい場合と専属で雇わねばならない場合があります。
法律で縛られているため、会社にとっては必要不可欠なポジションなのです。

 

一方で、会社側の認識はまちまちです。
必要だ、重要だ、と思ってくれる会社もあれば、必要性は理解できないが決まりなので仕方ないといった会社もあります。

 

そのため、法律的には守られている地位ではあるものの、現場や経営者に実質的なメリットを感じてもらえる働きを見せねばならない、というつらさがあります。

 

産業医の業務の実際 3管理のうちの健康管理が主体

 

では次に、産業医の業務内容について見てみましょう。
労働衛生には昔から3つの管理があります。今はもっと拡大していますが、基本は3つです。

 

それは、

 

  1. 作業管理
  2. 作業環境管理
  3. 健康管理

 

です。

 

このうち、労働衛生の分野であり産業医が最も活躍を求められるのは健康管理です。
健康管理というと、糖尿病や血圧のコントロールをイメージしがちですが、実は生活習慣病による致死的疾患を予防する生活指導だけではありません。

 

まず目的が違うのです。
臨床現場のように致命的な状態を回避する、致命的な状態から救い出す、ということとは異なり、それよりずっと手前で手を打つことなのです。

 

産業医の健康管理の目的は、端的に言えば「従業員に元気で働いてもらう」ことです。
そのため、どうやったら元気に働き続けてもらえるかに注力します。時には、会社の規程を使って強権的な措置に出ざるを得ない場面も出てきます。

 

健康管理は、健診、長時間、メンタルヘルスの3つに集約される

 

健康管理活動は大きく3つです。

 

  1. 健診結果に基づく生活習慣指導と受診勧奨
  2. 長時間労働従業員に対する面談、診察
  3. メンタルヘルス不調従業員に対する面談と受診勧奨

 

いずれの場合も結果に基づき、就業を制限する就業措置を必要に応じて発出します。

 

1つ目は、健診結果に基づく活動です。
生活習慣を変える必要がある従業員を抽出して、改善指導の面談をするとともに、必要に応じて受診勧奨します。
自分では精密検査や投薬はしません。紹介状を書いて従業員が通いやすいクリニックに受診させます。

 

健診が産業医の主要業務だと考えている人もいるかもしれませんが、健診自体は健診請負業者に外注しますので、産業医自身が行うことは稀です。
産業医は、健診自体では何もせず、結果に目を通して、アクションを起こすのが仕事です。

 

2つ目は、長時間労働に対する活動です。
月の残業時間が多い従業員を呼び出し、主に心血管系の状態を確認します。
世の中の論調は、残業が多い=メンタルヘルス不調=うつ病=自殺と連想されやすいですが、この長時間労働面談は心血管疾患の発症予防を主目的としています。

 

残業を減らす必要があると考えられる場合は、就業制限措置を行います。
月の残業時間が45時間以上ある状態が6か月続くと徐々に心血管系疾患のリスクが高まり、80時間以上が4か月、100時間以上であれば1か月で、リスクが高まると言われています。
このような長時間労働従業員が、突然発症しないために、予防的措置をとるのです。

 

3つ目は、メンタルヘルス不調をきたした従業員に対する対策です。
多くは上司からの報告で発見されます。
出勤時間が遅くなったり、休みがちになったりすることでわかることが多く、まず上司から人事担当者に連絡が入り、面談につながります。
面談によって、現在の心身の状況を把握します。必要があればメンタルクリニックに受診するように紹介状を書きます。

 

面談の結果や受診の結果をもって、就労継続可否を判断します。
場合によっては、休職に至ります。休職した場合は、復帰時に復職面談があり、そこで就業できるかどうかの見極めをします。
就労再開した後もある程度の期間フォローしていくことになります。

 

メンタルヘルス不調対策はどのくらい大変か

 

昨今は、このメンタルヘルス不調に対応するのがもっとも大きなウェイトを占めています。
それも、多くの場合、本人の未熟性から起こす、他責の念、人間関係不和、適応障害(過剰適応や職場不適応)から抑うつ状態に陥っているケースなのです。
一昔前の、まじめでがんばり屋で自分の病気を認めない典型的なうつ病にかかる従業員は、むしろ稀になっています。

 

よって、薬物治療と休養で治る人が少ないわけです。
自分の未熟さに気づかせ、認知を変え、ストレスコーピングを覚えさせるようにしなければなりません。
基本的には、治療自体はメンタルクリニックや復職支援施設に任せ、産業医は休職、復職判断に集中します。
この判断はいつも難しいものがあります。

 

大丈夫と思い復職させても、すぐにまた休職してしまう従業員が出てくるのです。

 

2015年の年末から始まったストレスチェックの結果で、希望者とは面談することにもなり、メンタルヘルス不調に対する対策はますます重きが増しています。

 

有病従業員のフォロー、健康講話、作業管理と作業環境管理

 

その他、病気を持ちながら就業を続ける従業員の管理もあります。
脳卒中後の片麻痺、担がん状態、双極性2型など、さまざまな健康状態の従業員をフォローすることになります。

 

工場等の現場がある会社では、夜勤の体調管理や熱中症対策、うつに関する勉強会などの健康講話を実施することがあります。

 

作業管理として、肩こり対策、腰痛対策、眼精疲労対策などにもかかわります。
作業環境管理として、事務所や工場の照明や気温、騒音、有機溶剤の臭気など人体に影響を及ぼす可能性がある作業環境についてコメントします。

 

以上が、具体的な産業医の仕事内容です。

 

産業医としてうまくやっていくコツ

 

産業医としてうまくやって行くためのコツは3つあります。

 

1つ目は、「社内診療所ではない」ことを強く意識することです。
自ら確定診断、治療はしないのです。
診断のためにはまず医療機関へ紹介するわけです。
産業医は健康統括管理者であり、健康を維持して元気に働いてもらうことが目的です。
統括管理者が手を動かすのは最低限にする必要があります。

 

ただし、今も社内診療所機能が残っている職場の場合は、そこで可能な範囲の対応をすると、かなり喜ばれます。
社内ですぐに診てもらえて薬がもらえるのは、従業員にとってとても助かるものであり、信頼されるでしょう。

 

2つ目は、人事とのつながりです。
人事担当者との相談は欠かさずにしましょう。
特に強制的な措置が必要な場合は、必ず相談が必要です。
産業医は多くの場合、会社のルールにはどこまでも不慣れであり、ルールの達人が人事です。
大臣の秘書官と同様、十分頼るようにすることが円滑な業務遂行において重要なポイントです。

 

3つ目は、労働安全衛生担当者とのつながりです。
大抵の場合、ベテラン社員が担当しており、社内の隅々まで知っていることが多いものです。
産業医は社内で孤立しやすいので、仲良くして頼れる関係を作るのが重要です。

 

このように、組織の一員としての振る舞いを身に着けていかねばなりません。
臨床の専門性を武器に、人格をアピールしながら、徐々に人望を勝ち取っていく。地道な努力があって、産業医として慕われ、充実した日々が送れるでしょう。

 

産業医としての難しさ

 

産業医として働く上での難しさは、「産業医がいるメリットを感じさせること」です。
従業員はおろか人事担当者まで産業医が存在する意義がわかっていない場合があります。
経営者側もそういう意識の場合、契約の継続まで危ぶまれます。

 

大事なのは、きちんと会社のメリットや立場も考えた言動をすることです。
もちろん必ず迎合しなければならないというわけではありませんが、医学的に正しいことだけで押し切ってはいけません。
この切り替えが、多くの臨床医にとって、難しいものです。
相手のメリットや立場を考えた助言ができるようになれば、社内での存在意義が明確に示せるでしょう。

 

労働衛生コンサルタント資格は必要なのか?

 

労働衛生コンサルタントは、医師に限らず取得できる、労働衛生のスペシャリストとしての国家資格です。
労働衛生に関して幅広く学び習得するという意味で取得するのは悪くないでしょう。

 

しかしながら、報酬面では、メリットはありません。
産業医に加えて、労働衛生コンサルタント資格をとっても報酬は違いません
。日本医師会認定産業医免許さえあれば、通常は不要です。

 

では、どんなときに必要なのでしょうか。
実は、開業する場合に必要です。
産業医として独立開業して、いくつかの職場の嘱託産業医を掛け持ちするときに労働衛生コンサルタントが必要になるのです。
きちんと開業すれば、経費計上が可能な点等で、利点があります。

 

雇われて産業医をするだけなら必要性が低い資格と言えるでしょう。

 

産業医に転身するメリットは何か?

 

臨床医が産業医に転身するメリットは何でしょうか。
それは、診療に追われる日常から解放される
この一言に尽きます。

 

基本的に毎日のんびりした時間が流れます。

 

当直なし、休日診療当番なし、救急当番なし、検査手技不要、読影技術不要。
医療機関としての売上、経営に頭を悩ませずに済みます。
非常識なクレームへの対応もありません。

 

土日は必ず確保できます。
週5日勤務より報酬は下がりますが、研究日を取得できる会社もあります。
気晴らしに臨床バイトをしても良いでしょう。
労働衛生を研究している公衆衛生学教室の門戸を叩き、本当に研究にあててもいいかもしれません。

 

産業医に転身することのデメリットは?

 

専門外の疾患を持った従業員にも対処しなければなりません。
救急外来で行う切り傷の一時的な縫合程度の応急処置はできたほうがよいでしょう。
精神科疾患の場合、状態が改善しなければ働けないことを通告する厳しい面談をする場面もあります。
自分の判断によっては退職になってしまう社員との面談は、人生を左右しますので厳しいものになります。

 

また、労働安全衛生法や労働基準法、労働契約法など関連法規の勉強がある程度必要であり、勤務先の就業規則もある程度覚えておく必要があります。


まとめ…メリットの多い産業医は有望な医師キャリア選択肢の1つ

 

産業医になるということは、いままで医師として経験していないような組織・文化ゆえの難しさやデメリットに直面する傍ら、診療に忙殺される日々から解放されるという何事にも変えがたいメリットが得られます。

 

産業医の業務は決して簡単なわけではなく、実際に働けば、入職前には想像できなかった苦労がある場合もあります。
しかし、もし何らかの理由により臨床医をやめることを考えるならば、産業医は1つの選択肢として有望でしょう。

 

ちなみに、常勤産業医への転職の際には、転職エージェントを使うことがお勧めです。
病院への転職であれば、働き方や給料の相場が明確にイメージできますので、エージェントを介さずに自身で交渉することも可能でしょう。
しかし、企業への転職という不慣れな状況の中で、ピントを外さず給与面等の交渉を行うのは難しいものです。
一般的な就職活動を経験していない医師は、一般常識に疎い面がありますので、そうした意味でもまず転職エージェントを活用した方が無難です。

 

 

この記事を書いた人


庄司 幸平(Dr.K)

北関東在住の勤務医師(30代男性)。常勤勤務先に加えて定期的にアルバイト(スポット、定期様々)を数多くこなしてきましたので、勤務医の本音コラムに加えて、私の体験から見たおすすめアルバイト等をご紹介、執筆しております。

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