第3回:医師にとっての“コミュニケーション能力”を考える
■ 記事作成日 2016/5/9 ■ 最終更新日 2017/12/6
「コミュ力」の高い医師、低い医師
元看護師のライター紅花子です。
このコラムでは、私の約10年の看護師経験の中で感じた“医師として活躍するために必要な素質”について考えてみたいと思います。
第3回目の今回は、医師の診療に重要なウエイトを占める「患者の話を聞く」ことに着目します。
“話し上手”と“聞き上手”は紙一重
医師は仕事柄、とても多くの人と話をする機会があります。臨床医であれば、毎日のように“人の話を聞く”ことと“人に話をする”ことの繰り返しです。
人対人のコミュニケーションスキルとして、“話し上手”と“聞き上手”という言葉があります。例えば“聞き上手”といわれる人は
- 相手の話しに、適切な相槌が打てる
- 絶妙なタイミングでオウム返しができる
- 否定的な言葉ではなく、肯定的な言葉が使える
などの特徴があると思います。
ところで、“話し上手”な人は、それと同時に“聞き上手”でもあります。相手の話しを上手に“聞く”ことで、相手との距離が近くなり、こちらの話しも聞いてくれるようになり、自然と会話そのものが盛り上がることになります。つまり、この2つは紙一重ということなのです。
さらに上を行く“聞き取り上手”とは
さて、医師と患者の場合、単に「お互いが聞いていて楽しい」会話をすれば良いわけではありませんよね。もちろん、これも大事なコミュニケーションスキルですが、医師が診療を円滑に進めるためには、決して表面的なことだけではない、患者さんの心の声までを引き出す必要があります。
例えば患者さんの言葉を引き出すとき、次の2つではどちらがより真実を語ってくれるでしょうか。
【パターンA】
聞き出したい言葉が出てくるまで、質問の内容を変えて、何度でも聞き直す
【パターンB】
想定される答えを、自分の言葉に置き換えて問いかけ、相手の反応を伺う
短い診療時間の中では難しいケースもありますが、実際には【パターンA】の方が、相手の本当の思いや状況を引き出すことができます。
一方で【パターンB】は、下手すれば誘導尋問のようになってしまい、真実とは違う内容でも「はい」と言われたら、相手の言葉として残ってしまいます。例えば主訴を聞き出すときはこの様な違いがあります。
【パターンA】
具体的に辛いと感じることはありますか?それはいつごろから続いていますか?辛さが強いときと、そうではないときがありますか?病気とは関係なくても良いですから、気になることはありますか?などの質問を繰り返し、結果的に「頭が痛い、一週間くらい続いている、朝起きたときが一番つらい、時々目が回る気がするけど少し休めばおさまる」などの主訴を聞き出すことが出来ました。
【パターンB】
頭が痛い?いつからですか?数日前から?一週間くらい前から?朝が辛い、夜が辛いなどありますか?他に、例えばお腹が痛いとか耳鳴りがするとか、何かありますか? と矢継ぎ早に問いかけ、患者さんが発した言葉は「はい」、「一週間前」、「朝」、「それは無いかな」だけでした。
この内容であれば記録上は、ある一点を除いてほぼ同じ内容が残ります。違う部分はどこでしょうか。
“相手の言葉”を引き出すテクニック
ちょっと極端な例ですが、【パターンB】の場合はこちらからの質問にモレがなければ問題は起こりません。しかし、質問の内容に1つでもモレがあれば、重要な主訴を聞き逃す可能性があります。上記の例では「目が回るが少し休めばおさまる」がモレてしまいました。
質問にモレがなければ、結果的にはほぼ同じ記録が残るように思えます。しかし、相手に考える時間を少しでも与えることで、その様子を観察するこができます。例えば、次の言葉までに考え込んだ場合は、言いにくい状況である/本人はそれほど重要なことと捉えていないなど、言葉にはならない情報も引き出すことが出来ます。
また、患者さんは「その症状が疾患と関係あるのか」は分かりませんが、医師の立場で聞けば気づくことがあるかもしれません。例えば、こんな言葉はいかがでしょうか。
- ここ○週間(あるいは○日:前回の診察からの日数)の間で、変わったことはありましたか?
- 1日の間で、特に気になる時間帯はありますか?それは何をしているときですか?
こうして具体的な時間の流れを示すと、患者さんも答えやすくなります。あるいは
- 小さなことでも良いですから、気になることを教えてください
- 病気と関係ないと思うことでも良いですよ
「自分の症状をこの医師に伝えるべきか」を迷っていることもありますから、気になることを色々引き出すことがポイントであり、それが疾患と関連するかどうかは、後々、医師が判断すれば良いことです。
また、次のようなことにも留意するのはいかがでしょうか。
- 患者に合わせて声のトーンを変える
- 患者の目線をとらえる位置まで自分の体の向きを変える
これだけでも、患者さんには「自分の話を聞いてくれる」と思わせることができます。
いかがでしょうか。忙しい診療の中で、上手く相手の言葉を引き出すことは、非常に難しいことではあります。でも、ほんの少しだけ会話の仕方を変えることで、より多くの情報を引き出せる可能性があります。医師は“聞き上手”の一歩上をいく、“聞き取り上手”であることが望まれているのではないでしょうか。
参考資料
文部科学省 コミュニケーション教育推進会議
子どものたちのコミュニケーション能力を育むために~「話し合う・創る・表現する」ワークショップへの取組~の審議経過報告のとりまとめ
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/23/08/__icsFiles/afieldfile/2011/08/30/1310607_2.pdf
経済産業省 社会人基礎力
http://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/
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