第6回: 医学生が医師になるまでに身につけておきたい資質とは
■ 記事作成日 2016/7/11 ■ 最終更新日 2017/12/6
文部科学省による「医学教育モデル・コア・カリキュラム」をご存知ですか?
元看護師のライター紅花子です。
このコラムでは、私の約10年の看護師経験の中で感じた“医師として活躍するために必要な素質”について考えてみたいと思います。
医師という職業を管轄しているのは、厚生労働省であることは、皆さんご存知かと思います。しかし、医師になる前の「医学生」を管轄しているのは、文部科学省です。文部科学省では、「医学教育モデル・コア・カリキュラム」という、医学生の時に学ぶべき内容を取りまとめた資料を公表していることはご存知でしょうか。
医学教育モデル・コア・カリキュラムの概要
「医学教育モデル・コア・カリキュラム」では、医学系の各大学における「カリキュラム作成」に対し、参考となる位置づけの「教育ガイドライン」として公表されています。その項目立てや記載内容が、必ずしも各大学における授業科目を意図しているものではありません。また。履修する順序を示すものでもないそうです。
もちろん、この「医学教育モデル・コア・カリキュラム」の内容のみで、医学教育課程のすべてを網羅しているわけではありませんので、そこは各医学系大学でのオプション的な科目や履修内容が付加されているようです。
そもそも、なぜこのような「医学教育モデル・コア・カリキュラム」が生まれたのでしょうか。
一般的に、大学で学ぶ内容は、それぞれの大学による特色があります。同じ名称の学部でも、全国的に統一されたカリキュラムに則っていることが少ないのが実情です。
しかし医師の場合、医学生が終わるとすぐに、医師として働き始めるわけですし、医学生と医師との間には国家試験があります。そこである程度の「この先すぐに医師として働けるかどうか」の選別を行う必要がありますよね。こういった背景があり、全国的に統一された「医学生の間に、最低限、これだけは勉強しておくべき」というカリキュラムが制定されているようです。
医学教育モデル・コア・カリキュラムの遍歴
「医学教育モデル・コア・カリキュラム」は、平成13年に初めて制定されました。その背景には「高齢化による疾病構造の変化、患者のニーズの多様化、生命科学や医療技術の急速な進歩」などがあったようです。こういった背景の元、平成13年3月に、医学・歯学教育の在り方に関する調査研究協力者会議により、「21世紀における医学・歯学教育の改善方策について」が取りまとめられ、医学教育に対する具体的な改善方策についての提言が行われました。
この中では、
- これまでの医学教育の内容を整理、精選した「医学教育モデル・コア・カリキュラム」の提示
- 臨床実習を、これまでの見学型から診療参加型とした臨床実習にするためのカリキュラムの提示
- 臨床実習開始前の学生の評価システム(共用試験)の導入の提案
- 教える側(教員、教育組織)の教育能力開発の推進のための提案
などが柱となっています。
図1 医学教育モデル・コア・カリキュラムの遍歴
医学生の間に身に着けておくべき能力とは
ではその内容のポイントを、いくつかピックアップしてみましょう。「医療教育モデル・コア・カリキュラム」は、大きく7つに分かれています。
【A 基本事項】 医学生が最も身に着けるべき患者中心の医療
【B 医学・医療と社会】 医療が関わる社会的側面を学ぶ
【C 医学一般】 生命科学の基本的知識と、疾患の病因と機序を学ぶ
【D 人体各器官の正常構造と機能、病態、診断、治療】 疾患の診断・治療に必要な人体の各器官の構造や働きを学ぶ
【E 全身におよぶ生理的変化、病態、診断、治療】 全身的な正常状態と病態等を学ぶ
【F 診療の基本】 臨床実習前に習得しておくべき態度、診察技能、診断と治療を学ぶ
【G 診療実習】
このうち、【A 基本事項】と【B 医学・医療と社会】については特に、「入学後早期から卒業までに継続して習得していくべきもの」と謳われています。
図2 医学教育モデル・コア・カリキュラムの概要
文部科学省 医学教育モデル・コア・カリキュラム-教育内容ガイドライン より抜粋
もちろん、医師という職業を考えれば、それ以外の項目も重要ではあるのですが、今回は特にAについて、もう少し詳しくみてみます。
【A 基本事項】の中に、「コミュニケーションとチーム医療」というのがあります。このうち、コミュニケーション能力は、平成23年(2011年)の改訂の際に追加されました。具体的には「医療内容を分かりやすく説明するなど、 患者やその家族との対話を通じて、良好な人間関係を築くためのコミュニケーション能力を有する」とあります。
当コラムではこれまで、医師に必要な資質として、いくつかの視点から「コミュニケーション能力」について述べてきましたが、5年前にはすでに「医学生の間に身に着けておくべき能力」として、挙げられていたことになります。
また、【G 臨床実習】の中に「診察法」という項目がありますが、この中にも「医療面接」という項目があり「医療面接における基本的コミュニケーション技法を用いることができる」と明示されています。
つまり、医師として、人体の正常/異常が判断できるだけではなく、それをどうやって患者さん(およびそのご家族等)や、他の医療スタッフなどへ伝えていくべきか、という能力が重視されていることが分かります。
今後の日本で活躍する医師の姿とは
「医療教育モデル・コア・カリキュラム」は当初、「高齢化による疾病構造の変化、患者のニーズの多様化、生命科学や医療技術の急速な進歩」に対応できる医師を育てること、として始まりました。
平成13年は、2001年ですのでちょうど21世紀がスタートした年であり、その頃の日本は、あと数年で高齢化社会(高齢化率7~14%)から超高齢化社会(高齢化率21%以上)に突入することが分かっていました。さらに、医師の偏在や、小児科・産科など一部の診療科での医師不足が社会問題化し始めた頃です。こういった背景から、医学生の間により実践的な能力を身に着ける、という動きになったようです。
さらに、平成19年、平成22年、平成23年と、立て続けに改訂がなされていますが、この背景には「地域医療のさらなる推進」という意図がありました。現在は特に終末期の患者さんは、病院から在宅へという動きが推奨されていますが、その片鱗が見え始めた時代でもあったようです。
今後の日本は、今よりもさらに「地域全体で患者さんを診る」という方向に進んでいくでしょう。その1つが「在宅での看取り」であると考えられます。つい先日、厚生労働省は「全国在宅医療会議」をスタートさせましたが、これも地地域医療や在宅医療の推進につながる考え方です。
現在の日本の医師に求められるのは、コミュニケーション能力の向上だけではなく、地域の医療者や行政などとともに、「地域全体で患者さんを診る」ことができる能力も、求められています。
次回は、この「地域医療」に焦点をあて、医師に求められる資質を考えてみたいと思います。
参考資料
文部科学省
モデル・コア・カリキュラムの改訂に関する専門研究委員会(平成22年度)(第3回)合同会議 配付資料
資料4 モデル・コア・カリキュラム改訂に関する要望書
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/033-1/attach/1298884.htm
同上
医学教育モデル・コア・カリキュラム-教育内容ガイドライン-平成22年度改訂版(その1)
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2011/06/03/1304433_1.pdf
同上
医学教育モデル・コア・カリキュラム-教育内容ガイドライン-平成22年度改訂版(その2)
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2011/06/03/1304433_2.pdf
同上
医学教育モデル・コア・カリキュラムの改訂に向けて(最終報告案)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/032-1/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2011/04/12/1304198_1.pdf
同上
医学教育モデル・コア・カリキュラム-教育内容ガイドライン-平成22年度改訂版
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2013/11/15/1324090_21.pdf
厚生労働省
医学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議 第一次報告
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/12/dl/s1215-10i.pdf
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