第27回:医師に求められる「患者家族への対応」
■ 記事作成日 2018/2/7 ■ 最終更新日 2018/2/7
患者の家族に対する医師の接し方、その現状は?
元看護師のライター紅花子です。
このコラムでは、私の約10年の看護師経験の中で感じた“医師として活躍するために必要な素質”について考えてみたいと思います。
今回は、医師に求められる家族への対応について、看護師の視点から考えてみたいと思いま
看護師の場合、「家族看護」などの言葉があるように、近年では病気を患っている患者だけでなく、患者家族へのケアもケアの対象となってきています。
例えば、日本看護協会が認定する「専門看護師」の中には、「家族支援」という専門分野があり、同協会ではこの特徴について、以下のように定めています。
患者の回復を促進するために家族を支援する。
患者を含む家族本来のセルフケア機能を高め、主体的に問題解決できるよう身体的、精神的、社会的に支援し、水準の高い看護を提供する。
では、医師の世界においての「家族との関わり」はどうなっているのでしょうか。
多くの医師は、患者家族に対して真摯に向き合い、丁寧な対応を心掛けている、という印象があります。
若い医師の方は、医学生の頃の講義で、患者や患者家族との接し方などを学んできているようですし、現在では医師のための患者や患者家族とのコミュニケーション講座なるものが、多数開催されています。
ひと昔前までは「お医者様は神様です」というような感覚で、高圧なコミュニケーションをとる医師も多くいたようですが、これらの教育のおかげなのか、現在はこういった姿勢の医師がだいぶ少なくなっているように思います。
また、患者家族も、高齢者の間では特にこういった感覚が残っているのか、看護師や他の医療者の話は聞かなくても、医師の言うことなら素直に聞くという患者や患者家族も多く、これといって医師が意識をしなくても、医師と彼らとの関係性は良好である場合も多いです。
しかしそんな中でも、医師からの接し方に対して不満を感じている患者家族も、少なからずいるという現実があります。
とある地域の医療安全相談窓口には、医師に対して疑問に思っていることを気軽に質問できない、あるいは医師が気軽に質問できないオーラを作り出しているというような苦情が、多くよせられているようです。
また、医療訴訟の多くは「医療行為におけるミスや医療事故そのものによってというよりも、医師と患者、患者家族との間に良好な関係が築かれていないことに起因する」とされています。
医師も「これだけ説明すれば理解できるだろう」というスタンスではなく、「相手が納得いくまで説明を行い、質問を随時受け付けていく」ということが重要視されてきているのです。
特に近年では、インターネット上に多くの医療情報があふれています。
発信者もわからず、さらには正確性もわからないような情報でも、患者家族は鵜呑みにし、まるで「自分は何でも知っている」というように話をしてくる患者家族も、少なくありません。
実際、医療訴訟にまで至るケースは、年間800件程度起こっており、平均審理期間は2年程度の年月を必要としています。
医師が自分の身を守るためにも、正しい情報を正しく伝え、一歩踏み込んだコミュニケーションを展開していくことが、患者家族と良好な関係を築くことのできる方法といえるのではないでしょうか。
医師が家族対応に関わる事件
医師の患者対応に起因する問題は、苦情レベルで終わるものがほとんどですが、中には刑事事件にまで発展した例もありあます。
ここでは、最も有名な医師と患者家族間の事件から、医師の患者家族への対応を考えていきます。
東海大学病院安楽死事件
この事件は平成3年に当時末期がんであり昏睡状態であった患者に希釈しない塩化カリウムを静脈内注射して心臓マヒで死亡させたとして起訴された事件です。
この患者には妻と息子という2人の家族がおり、この2人の間でも「薬を中止したい/しないでほしい」「死期が近づいたら管類をすべて外して楽にしてほしい」など、治療への意見が分かれているという状態ではあったものの、2人の共通の思いは「患者を早く楽にしてほしい」ということでした。
医師は家族のこの「早く楽にしてほしい」という言葉を、穏やかに死なせてほしいという意味と捉えて薬を投与。
一方の家族は「楽にしてほしい=命を絶つ」という意味ではなく、むしろ命を絶つならば薬を投与しないでほしかった、という思いがあったようです。
妻には病名が知らされておらず、家族間の話し合いが不十分であったことや、医療者に四六時中コールがあったなど、医師に対しても配慮すべき点は多々ありました。
しかし、家族との話し合いが不十分であり、家族のその場の感情において医療行為を行ってしまった事例、といえそうです。
川崎協同病院事件
この事件は、平成20年当時、川崎公害病に国から認定されていた患者が、帰宅途中に心肺停止、搬送先の病院にて蘇生されましたが、意識は戻らないままでした。
蘇生から数日後、主治医から家族に患者の人工呼吸チューブを外すことが提案されました。
その際「楽にしてあげよう」という言葉を使ったとされていますが、患者家族はこの言葉を「楽にしてあげる=死」という意味では、とらえていませんでした。
人工呼吸器を外して苦しそうにしている患者をみた患者家族も「楽にしてあげたい」と発言。
これを聞いた医師は「楽にしてあげるから」と、鎮静剤とともに筋弛緩剤(呼吸停止に至る量)を投与し、患者は死亡しました。
この患者、患者家族と医師は15年来の付き合いがあったため、ある程度の信頼関係は構築されていたものと考えられます。
しかし「楽にしてあげたい」という言葉の捉え方が双方で食い違っていた結果、この事件を引き起こしました。
このように
- 医師と患者家族間での意思疎通が十分になされていなかったこと
- 医師の独断で患者家族へ十分な説明をせずに治療を実施したこと
これらのことが重なり、不幸な事件へと繋がったのです。
特に、川崎協同病院事件においては、病院側が遺族に謝罪したのが4年後ということもあり、家族の不信感、不満が募り、起訴に発展していったものと考えられます。
まとめ
近年モンスターペイシェントが増加していることにより、医療者にとっての「家族との関わり」が、非常に難しくなっています。
しかし、これを誤ってしまえば、刑事事件に発展する事例も少なからずあります。
家族も患者と同様であると考え、十分な説明、ケアが必要とされるのです。
特に、自らの意思表示ができない状態の患者への医療行為は、患者家族が方針を決めることがありますので、家族との関係性が重要視されるのです。
また、医師だけで全てを背負うのではなく他職種の力も借りつつチームで包括的にケアをすることが、自分の負担を軽減しつつ、効率的に家族と関わるためには必要であると考えます。
参考資料
日本看護協会 専門看護師・認定看護師・認定看護管理者
http://nintei.nurse.or.jp/nursing/qualification/cns
横浜市健康福祉局 医療現場における コミュニケーションの重要性
http://www.city.yokohama.lg.jp/kenko/soudan-madoguchi/shiryo/kenshu-shiryo-22-7-8.pdf
日医総研 医師と患者のコミュニケーション 著 斎藤 清二5頁
http://www.jmari.med.or.jp/download/kanja.pdf
熊本大学
http://www.let.kumamoto-u.ac.jp/ihs/soc/ethics/takahashi/tyousa/tokai.html
同上
http://www.let.kumamoto-u.ac.jp/ihs/soc/ethics/takahashi/tyousa/kawasaki.html
裁判所Web 医事関係訴訟事件統計
http://www.courts.go.jp/saikosai/vcms_lf/29052601heikinshinri.pdf
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