恵まれぬ業務隊報酬を補って余りあるものとは
■ 記事作成日 2016/9/15 ■ 最終更新日 2017/12/6
医業を単純に経済合理性の一点で見つめ、一般事業と比肩して考えることには賛否両論あるかと思いますが、年収をテーマに記事執筆するにあたり、あえてその禁忌へ踏み出す必要性があるかと思います。このシリーズ記事はその心づもりで執筆している旨を、まずお断りしておきます。
「費用対効果」とは「投資した費用に対し、どれくらいの経済効果が得られたか」を意味します。当然、費用対効果が高いビジネスは、その経済合理性から言って単純に魅力が大きいとみなされます。
一方で「業務対報酬」とは「労働者が提供した業務に対し、どれくらいの報酬をもらえたか」を知る考え方です。
医師は(相対比較的に)高給取りで知られます。世間では「業務対報酬が高い」仕事と思われています。しかし小児科医は、業務対報酬を基準と考えると、その収入は決して高いとはいえなさそうです。
ある調査会社が公表している診療科別の医師の平均年収ランキングで、小児科医は29位でした。ランキングは30位まで公表していて、最下位の30位は健診医です。
健診医はアルバイトが多いため、平均年収が小さいのは当然です。つまり(このデータソースにおける)通常の常勤医での比較では、小児科医の年収はかなり安い部類ともいえます。
1位の在宅医の1364万円に対し、29位の小児科医は1184.0万円です。その差は180万円です。
「患者はいつも2人いる」という意味
医学部生の進路調査結果を見ると、ご存じのように、小児科医は産科医と並んで、将来的になりたがる学生が少ない「不人気」な診療科です。不人気の理由は年収の低さもありますが、それよりも大きな原因は、激務の割にリスクが大きいことでしょう。
まずいえるのは、小児科は、必ず救急対応をしなければならない診療科のひとつであるということです。眼科や整形外科などは、「計画入院」や「計画手術」が可能な場合が多く、救急対応が比較的少ない診療科といえるでしょう。
しかし小児科の患者は、いつなんどき、どんな病気を引き起こすか分からない子供です。「救急対応こそ小児科医の醍醐味」と豪語する小児科医師もいらっしゃいます。
別の小児科医師は「小児科医の患者はいつも2人いる」といいます。つまり、小児科の治療では、親のケアが患者への治療と同じくらい重要であるということです。
昨今はモンスターペアレントという存在も小児科医のストレスを増やしています。
あるサイトが医師を対象にアンケートを実施しました。その「1番きつい診療科は?」という設問に対し、小児科は5位でした。
1位「どの科も同じ」、2位「産婦人科」、3位「外科」、4位「救急科」に次ぐ順番です。手術結果が生死を峻別する脳神経外科(6位)より上なのです。
仕事のきつさは5位、年収は29位――これが小児科医は「業務対報酬が低い」という意味です。
医師寿命は長くない
小児科医の年齢別年収は次の通りとのデータがあります。
20代:792万~987万円
30代:1084万~1237万円
40代前半:1390万円
40代後半:1557万円
50代前半:1668万円
50代後半:1599万円
60代前半:1125万円
特徴は、30代前半から50代後半にかけて、最大584万円もアップすることです。これは開業する医師が多いためと考えられます。
また50代前半から50代後半にかけて平均年収が下がるのは、他科の医師も同じですが、小児科は下げ幅が69万円しかありません。これは他科の50代前半→後半の下げ幅よりかなり小さい数値です。
しかしその分、50代後半から60代前半にかけては、474万円も下がります。この下がり方はかなり深刻です。これは「小児科は高齢(現役)医師が少ない」ということを意味します。つまり「高齢では対応できないほどの激務現場である」と言い換えることができるでしょう。
「医師寿命」が長い内科医とは対照的といえます。100歳を超えて現役の医師であり続けている日野原重明先生は、循環器内科と一般内科が専門です。
総合病院では小児科医のポストがない
小児科医の年収が高くない原因の1つに、大規模病院でのポストの問題があります。大きな病院には20から30もの診療科があります。それぞれの科に「部長」ポストがあり、そのポストはその診療科で長年治療を続けてきた医師が就任します。つまり小児科の部長は、小児科医が務めます。
しかし大規模病院には、総長、院長、副院長、診療部長といった、「科の部長の上」のポストが多数存在します。小児科医がこうしたポストに就任することはまれです。
大規模病院には若い医師からベテランまで、多くの医師がいます。ここでは医師の収入は、科に関係なく、年功序列的に決まります。つまり大規模病院内では、30歳の小児科医と30歳の脳外科医の年収は大差ありません。
しかし「科の部長」以上のポストになると、年収は途端に跳ね上がります。それはヘッドハント企業などを経由し、スカウトされて入職する医師が多くなるからです。スカウトの場合、医師と病院側との年収交渉は、医師側に有利に進むからです。
よって、大規模病院の幹部に小児科医が少ないことが、小児科医の平均年収を押し下げている原因の1つになり得ているとと考えられます。
開業すれば希望が持てるだろうか
病院での小児科医は激務に追われるため、勤務小児科医の頭の中には常に「開業」の2文字が浮かんでいるといいます。
小児科の開業医の平均年収は3300万円というデータもあります。勤務小児科医師の給与水準からすると、これは相当に魅力的な金額ではないでしょうか。
また、ある小児科クリニック院長は、「うちは私もスタッフも完全週休1.5日制。盆、正月、ゴールデンウィークも休んでいます」といいます。診療方法を工夫することで、エリートサラリーパーソン並みのワークライフバランスを築くことはできるのです。
モンスターペイシェント問題は深刻
とはいえ、収入面以外で悲鳴を上げている小児科クリニックの経営者も少なくありません。多くの小児科クリニックは救急患者を受け入れるので、スタッフがその緊迫感に耐えられず辞めてしまうのです。
スタッフの入れ替わりが激しいと、院長(経営者)はそれだけで疲弊します。
また、小児科クリニック内でのモンスターペイシェントの暴れっぷりは、他診療科クリニックの比でありません。クリニック側は、待ち時間の長さから言葉づかいまで、一挙手一投足に気遣う必要があります。
自分の病気では冷静に対応できる人でも、子供の病気になるとモンスターと化してしまうケースが目立つのは、学校教育現場でのモンスターペアレンツ問題と構造が近似しています。
因みに小児科クリニックにおいて、待ち時間より深刻なのは、診察順番をめぐる問題です。
後からクリニックに到着した患者が、先に待っていた患者より早く診察を受けたときに、先にいた患者の親は当たり前のようにクレームします。医師や看護師が、医療的な観点から診察順を決めていても、そんなことに耳は貸しません。
さらに、「自分の子供の方が重症だ」と訴えて、先に居る患者の順番を飛ばして診るように迫る親も珍しくありません。
そのため、小児科クリニックの開業を支援するコンサルタントは、スマホで正確な診察時間を知らせるシステムの導入を勧めています。「待たせないこと」が重要だからです。
コンサルタントは、「小児科クリニックの生命線は口コミ。ママの評判が悪くなったら、一瞬で患者がいなくなる」と警鐘を鳴らします。良い治療を心掛けるだけでは足りず、小児科開業医は子供の両親の満足度を高める取り組みがシビアに求められるのです。
「次の時代を作る人」を診る
さて「業務対報酬の低さ」ばかりを強調してきましたが、それでも小児科医を目指す人や、小児医療の第一線に立ち続ける医師は数多くいますし、日本の少子高齢化医療現場において、非常に重要な「人財」です。
小児科医師の皆様が口をそろえていうことは「子供を診たい医師は、小児科医になるしかない」という言葉です。
当然のことのように聞こえますが、この言葉には、小児科医の仕事の魅力が凝縮されています。
ある小児科医師はこのようにおっしゃいます。
「採血するだけでも、大人の倍以上の労力がかかります。大人の患者であればたくさんの検査を行い診療報酬を稼ぐこともできますが、落ち着きのない子供にはCT検査すら行えません。なんとか子供をCTの中に入れても、体が動いてしまって撮影できなければ検査代は請求できません。放射線技師のただ働きになります。薬の量も大人の半分だから、薬剤で儲けることもできません。しかし小児科の患者は、次の世代を作る人です」
只々感銘を受けました。
より多くの医学生が将来的に小児科の道を選ぶことを、我々は期待しております。
この記事を書いた人
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