腎臓内科の先生が「交渉」で年収アップを勝ち取る方法
■ 記事作成日 2017/7/24 ■ 最終更新日 2017/12/6
年収だけで勤務先を変える医師はいません。しかし、長年の研鑽によって身に付けた医療の知識と経験が、「正当な報酬」によって評価されることは、当然のことです。今回の記事では腎臓内科の先生が、次の転職で大幅年収アップを獲得する交渉術を紹介します。
転職コスト、および、いくら年収をアップさせたいかの金額を正確にとらえておく
転職を考えている医師に「先生は年収をどれくらい上げたいですか?」とお聞きすると、大抵は「高ければ高いほどよい」と返ってきます。
つい、そのように答えてしまう先生は、病院経営者の心理を想像してみてください。医師を採用する病院の理事長は、「この医師をいくらで雇いたいですか」と尋ねられると、「安ければ安いほどよい」と答えるでしょう。
「高いほどよい」「安いほどよい」
これは、何のエビデンスもない年収交渉であり、有意義な話し合いとはならず、医師としては確実な年収アップは望めません。
そこで「転職コスト」を算出することをおすすめします。例えば、転職することによって年収が50万円上がったとしても、転職コストが1,000万円だったら、元を取るのに20年もかかってしまいます。
これでは、転職しない方がよかった、という結果になりかねません。
無理やり円換算することがコツ
転職コストは、引っ越し費用だけを算出すればいいというわけではありません。少なくとも次の項目については、「大体○円くらいの価値があるかな」というふうに、円換算してみてください。
転職コストの算出表
転職コスト | 想定金額 | 転職コスト | 想定金額 |
---|---|---|---|
引っ越し費用 | 〇〇万円 | 転職活動による現業のロス(手術件数が減るなど) | 〇〇万円 |
転職、転地による自分のストレス | 〇〇万円(「期待で胸いっぱい」であればマイナス表示) | 転地による家族のストレス | ○○万円(家族が転地を歓迎していればマイナス表示) |
スキル獲得機会のロス(尊敬できる上司の元を離れるなど) | ○○万円(転職先の方がスキルアップできる場合はマイナス表示) | 医局との関係悪化によるロス(所属医局と縁がない病院に転職するなど) | ○○万円(教授が転職を支持してくれる場合はマイナス表示) |
現在の勤務先の「良質な看護師」の価値 | ○○万円 | 現在の勤務先の「良質なコメディカル」の価値 | ○○万円 |
現在の勤務先の「良質な医療事務員」の価値 | ○○万円 | 「現在の病院で定年まで勤めた場合の今後の総収入」-「転職先病院での生涯収入」(昇格、昇給額は推定で) | ○○万円 |
新しい病院で人間関係をいちから築くロス(院内) | ○○万円 | 新しい病院で人間関係をいちから築くロス(患者、院外) | ○○万円 |
例えば転職活動に着手したために診察の回数が減り、インセンティブが減額されたら、それも転職コストに入ります。これが「転職活動による現業のロス」です。また、いま勤めている病院に不満を持っていても、中には優秀な看護師や、気が利く医療事務スタッフがいるはずです。
先生はいま、そうした優秀なスタッフから「働きやすさ」というメリットを受けているわけです。転職によって彼らのサポートを失うので、やはりそれも転職コストです。これは「現在の勤務先の『良質な看護師』の価値」となります。
また、転職に伴う転地と引っ越しは、通常はストレスなので転職コストですが、そうではなく「故郷に帰る」「都会暮らしができる」といったプラス要因があれば、転職コストの価格は「マイナス表示」してください。「転職メリットの増加」は「転職コストの減少」と考えます。
「転職コストの算出表」を作成する際のポイントは、円換算しにくい項目もあえて「いくら」と決めることです。そうしないと、転職先での年収との比較ができないからです。
転職コストが5年程度で回収できれば、「条件の良い転職」といえ、つまり「転職した方がよい」と判断できるでしょう。
腎臓内科の勤務医の年収上限を知る
年収交渉では、「希望年収が低すぎること」も「ふっかけること」も禁物です。また、採用面接時に病院側から予想外の高額年収が提示された場合も、業務内容をきちんと確かめないと危険です。
転職で確実に年収アップを図るには、先生自身が「腎臓内科勤務医の年収の相場」を把握しておく必要があります。代表的な転職支援サイトの求人票を分析してみましょう。
リクルートドクターズキャリアの求人票から
医師専用の転職支援サイト「リクルートドクターズキャリア」には、腎臓内科医の求人票が271件掲載されています(2017年7月現在)。これは他科の求人票の数に比べてやや少ない数字です。
また、この271件のうち「2,000万円以上」を提示している求人票は3件しかなく、これも寂しい金額です。
年収相場は残念ながら「低値」安定型
腎臓内科医の先生が次の転職で年収アップを獲得するには、事前にきちんとした戦略を練っておく必要があるでしょう。というのも、人材ビジネスマーケットにおいては、一度「大体の相場」ができてしまうと、それを崩すことはとても難しいからです。
もちろん、原則的には、年収は需要と供給で決まります。ある分野の医師が足りなければ、その分野の専門医は高い年収で迎え入れられます。
しかし腎臓内科医は、医師数が少なく「とても必要とされている医師」にも関わらず、年収の相場が固定してしまっています。普通の転職活動をしていたのでは、年収30万円アップ程度で終わってしまう可能性もあります。
これでは「転職コスト」の元を取るのに10年以上かかってしまうでしょう。
高額年収なら良いかというと必ずしもそうならない
腎臓内科医の場合、転職によって年収1,200万円を獲得できれば「失敗ではない」といえるでしょう。「失敗ではない」のですが、当然ながらこの金額では「成功」とはいえません。
なぜこのような微妙な言い方になってしまうかというと、腎臓内科医の転職市場は、特殊な事情があるからです。それは、専門性が高く評価される面と、ほとんど考慮されない面の両面が存在するからです。
病院経営者の本音は「一般内科も診てほしい」
もちろん、腎臓内科医を求めるほとんどの病院は、透析医として招聘したいと考えています。ところがそれと同時に、病院経営者は「透析だけじゃなく、一般内科の外来と病棟もみてほしい」と考えています。
ですので、仮に年収1,800万円の病院に転職できた場合、その金額だけをみれば転職に成功したよう感じますが、実際に勤め始めると「あれもこれも」やらされてしまう可能性があります。つまり、腎臓内科医としてやりたくないような治療まで押し付けられるかもしれないのです。
なので腎臓内科医の転職では、年収1,500万円の勤務先の方が、年収1,800万円の勤務先より「好条件」ということが起り得るのです。
以下の求人票は、リクルートメディカルキャリアの腎臓内科医求人271件を年収の高い順に並べ、そのちょうど中央に位置するものです。「ほぼ標準的な年収」とみなしてよいでしょう。
地域、機関 | 年収 | 業務内容 | 勤務日 |
---|---|---|---|
東京都足立区 |
5年目:1,200万円、10年目:1,200万~2,000万円 | 透析の記載なし、外来週1~4コマ、1コマ20~40名、病棟受け持ち15~20名、高齢者の内科疾患多い | 週4.5~5.5勤務、年120日休み、当直必須月2~4回 |
名古屋市中川区 |
10年目:1,200万~1,800万円 | 透析の記載なし、専門診療科なく要一般内科診察、主な疾患:腎炎、高血圧、腎不全など、外来週2~3コマ、1コマ20~30名、病棟受け持ち15~20名 | 週4~5日勤務、年117日休み |
大阪府堺市 |
10年目:1,200万~1,700万円 | 透析必須、透析ベッド90床、最終クール終了21時半、シャントトラブル対応あり、外来週2~3コマ、1コマ20~40名、病棟受け持ち5~15名 | 週4~5日勤務、年127日休み、当直なし可 |
札幌市中央区 |
1,200万円以上 | 透析必須、透析ベッド43床、最終クール終了23時、外来週1~2コマ、2コマ20名以下、病棟受け持ち10~15名 | 週5日勤務、年127日休み |
透析センターがなくても腎臓内科医を確保したい病院の狙い
任意に選択した4件の中に2件も「透析の記載なし」がありました。これは、「透析センターはない」と推測できそうです。ただもちろん、入院患者用の透析装置は保有しているはずです。「他科疾患+透析」の患者に備えて腎臓内科医を確保したいのでしょう。
透析の記載がない2件のうちの東京都足立区の病院は、腎臓内科医としての専門性の高いキャリアを積むことは難しそうです。透析の記載がない上に、主な患者が高齢の内科疾患患者だからです。また、当直も最大月4回と、かなり重めです。
この病院の年収は、「5年目1,200万円、10年目1,200万~2,000万円」となっていますが、これは珍しい表示方法です。これでは、卒後5年目の若い医師と、10年目の中堅の医師の年収が、等しく1,200万円になる可能性があります。
ここから、この病院の経営者は「とにかく1,200万円ぐらいで、そこそこ臨床経験がある内科医がほしい。現在うちの病院にいない腎臓内科医がいいな」と考えているのではないか、と想像できます。
上限額は2,000万円になっていますが、何歳で獲得できるのか興味深いところです。
もうひとつの「透析の記載なし」求人票は、名古屋市の病院です。しかもわざわざ「専門診療科なく要一般内科診察」とあります。ここから、求める医師は「バリバリの腎臓内科医」ではなく「ゼネラリスト的な内科系医師」であることが推測できます。
この病院も、卒後10年目の医師でも、年収1,200万円程度で決着してしまう可能性があります。休みも年117日とやや少なめです。
ここからも、腎臓内科医が転職によって高額年収を得るのは難しい、ということが分かります。
透析室の管理を求める病院でも1,200万円の壁
大阪府堺市の病院と札幌市の病院は、「透析必須」と明記しています。それでも堺市の病院は「10年目で1,200万円の可能性あり」ですし、札幌市の病院にいたっては、上限額を明記していません。
日本語の文法上は「1,200万円以上」とあれば「上限額は青天井」という意味ですが、腎臓内科医の求人票では「1,200万円を大幅に上回ることはない」と捉えた方が無難でしょう。
堺市の病院の業務内容は、かなりハードです。透析ベッド90床とあるので、立派な透析センターがありそうです。最終クールの終了時刻は午後9時半です。堺市のような都会で透析センターを構えるのであれば、これくらいの患者サービスは必要になるのでしょう。彼の地での、透析患者の争奪戦が想像できます。
しかもシャントトラブルに対応することも求められます。かなり本格的な透析医を求めつつ、しかし年収の上限額は1,700万円と、2,000万円の大台にはのらないのです。
札幌市の病院の透析ベッド数は43床です。堺市の病院の90床と比べると見劣りしますが、それでも多い方です。しかも最終クールの終了時刻は23時となっています。働きながら治療を続けている透析患者にはありがたいサービスですが、スタッフは大変でしょう。
その代り、外来は最大週2コマですので、ここからも、本格的な透析医を求めていると考えられます。
では次に、年収額が高い求人票をみてみます。
高額年収にはワケがある、「大変なほど」「地方ほど」高い
高額提示の腎臓内科医求人票の特徴は、業務内容と立地場所にリンクしているということです。仕事の負荷が大きくなると年収が高くなり、地方に行けば「僻地手当」の要素が加わります。
それではひとつひとつ見ていきましょう。
地域、機関 | 年収 | 業務内容 | 勤務日 |
---|---|---|---|
埼玉県幸手市 |
2,000万円以上 | 専門医必須、院長職、外来週0~2コマ、1コマ20~30人、透析36床、最終クール終了22時、シャントトラブル対応なし | 週4~5日勤務、年間休日数記載なし |
北海道釧路市 |
2,000万円~、10年目:2,000万円 | 透析18床、最終クール終了17時、穿刺対応なし、シャントトラブル対応あり、病棟受け持ち20人 | 週5~5.5日勤務、年106日休み、当直記載なし |
熊本県多良木町 |
1,900万~2,100万円 | 透析管理できる方は別途月10万円、業務内容の記載なし | 週4~5日勤務、年125日休み、当直記載なし |
東京都西東京市 |
1,800万円~、10年目:1,400万円~ | 透析できる方歓迎、外来週3~4コマ、1コマ20~25名、病棟受け持ち10~15名 | 週4~5日勤務、年132日休み当直必須月1~2回 |
「院長」「透析センター」「22時」で2,000万円は妥当?
埼玉県幸手市の病院は、系列のクリニックの院長を募集しています。透析ベッドが36床あるので、「病院が透析センターを外に出してクリニック化したのでは」と推測できます。幸手市は人口5万人程度のマチですので、36床でも小さく感じません。
外来の受け持ち数が週0~2コマと少ないことから、病院経営者は次期クリニック院長に対し「外来より透析に力を入れてほしい」と考えているかもしれません。
シャントトラブルの対応をしなくていいのが唯一の救いですが、透析の最終クールの終了は22時とかなりハードです。年間休日数が記載されていないのも気になります。提示年収の2,000万円は決して低い金額ではありませんが、業務の密度や責任の重さなどを考えると、決して「高額での招聘」ともいえなさそうです。
最終クール終了17時はうれしいが、シャントラ対応は必須
北海道釧路市は北海道でもかなり奥まったところにあります。札幌から車で5時間以上かかります。ですので、釧路市の病院が年収2,000万円を提示しているのは、「僻地手当」の要素があるのでしょう。
しかし「年収2,000万円~」と記載しておきながら、ただし書きで「10年目:2,000万円」と記す表示に違和感を持ちます。
釧路市の病院の求人票の実際の表示
例えばこれを、卒後8年目の腎臓内科医の先生が見たら「最低額が2,000万円というのは悪くないな。あれ? でも私は8年目だから2,000万円を割り込むのかな」と迷ってしまうでしょう。
ですのでこの年収提示は、「病院側は10年目以上の中堅医師に来てもらいたがっている」と読み替えた方がいいでしょう。この求人票の魅力は、透析の最終クール終了時刻が17時と早いことと、穿刺対応をしなくてよいことです。
一方で、シャントトラブル対応が必要なことや、病棟の受け持ち患者数が若干多めなこと、そして年間休日数が106日と少ないことが気がかりです。
透析を担当するかしないかで年収120万円の差が付く
熊本県多良木町はその名の通り、森林に囲まれた人口1万人ほどの小さなマチです。ここの病院が「1,900万~2,100万円」という高額年収を提示しているのも「僻地手当」が加味されているからでしょう。
「透析できる方は別途月10万円」というユニークな提示が目を引きます。
透析を担当するかしないかで、年収ベースで120万円の差がつくことになりますが、先生としては「透析をしなくてもよい」という選択肢があることは、気持ちが軽くなるのではないでしょうか。
「透析必須」とは書けない経営側の事情も分かるのだが…
最後に西東京市の病院ですが、ここの年収表示にも不可解な印象を持たれるでしょう。「1,800万円~」と期待させておいて、「10年目:1,400万円~」と書いています。これでは「1,800万円をもらえるのは卒後何年目なのか」という疑問がわきます。
業務内容を見ると「透析できる方歓迎」とあるので、透析対応をするかしないかで数百万円の年収差が出る、と推測できそうです。
また、年132日の休みは、きっと「とても楽」と感じることでしょう。当直は必須ですが、月最大2回というのはそれほどヘビーではありません。
いずれにしましても、この病院の求人票からは「本当は『透析必須』と書いて募集したいのだが、それだと応募がこない可能性があるので『透析歓迎』にしておこう。でも本当は透析をしてほしいのだがなあ」という、病院理事長の心が透けて見えます。
「600万」「2.7倍差」他科には見られない提示額
最後に見ていただく求人票は、以下の2件です。これをピックアップしたのは、他科の求人票では、あまり見られない年収提示額だからです。
地域、機関 | 年収 | 業務内容 | 勤務日 |
---|---|---|---|
東京都東大和市 |
600万円~、5年目:800万円、10年目:1,300万円 | 透析の記載なし、外来週1~2コマ、1コマ1~5名、高齢者多、病棟受け持ち1~5人、後期研修医可 | 週5日勤務、年120日休み、当直月4~6回も当直なし可 |
岡山市中区 |
750万~2,000万円、10年目:~1,000万円 | 透析対応必須、外来週2~3コマ、1コマ25~30人、病棟受け持ち最大20人 | 週5日勤務、年120日休み、当直の記載なし |
「多くは望まない」というスタンス?
東京都東大和市の年収表示は「600万円~」となっています。「~」はもちろん「上限は青天井」という意味ではないと思われます。つまりこの求人票からは、「年収1,000万は期待しないでください」と聞こえてきます。
しかし、業務内容を見るとうなずけます。腎臓内科医を求めているのですが、透析についての記載がありません。外来は週1~2コマと少ないですし、来院患者数も1コマ1~5名ととても少ないです。
主な患者は高齢者で、病棟の受け持ちはこれまた1~5名程度となっています。また、当直なしを選択することも可能です。後期研修医も受け入れていることから、「病院側も先生に多くは望みませんので、先生も高額年収を望まないでください」といったようなことを考えているのでしょうか。
新人医とベテラン医を同時に求める病院の真意とは
岡山市の病院は、「750万~2,000万円」と提示しています。下限額と上限額の差は、実に2.7倍です。これは他科ではあまり見られない表示です。
ただし書きで「10年目:~1,000万円」とあるので、若い医師も積極的に採用したいのでしょうか。その上で「2,000万円」を提示しているということは、「透析室をしっかり統括できる医師」もほしいのでしょう。
しかし、透析業務についての記載がないので、この求人票を閲覧した腎臓内科医は「何を求められているのか」と疑問に感じるでしょう。
その病院は腎臓内科医に「何を求めている」のか
年収交渉で医療機関から最高額を引き出すには、「その医療機関が求めている医療」を知り、採用面接で「その医療は私の得意分野です」とPRする必要があります。
腎臓内科に力を入れている病院や腎臓内科クリニックの広告やホームページから「求められている医療」を探りました。
「透析をやらせたい病院」と「透析だけはやりたくない腎臓内科医」のギャップを埋める
これまで腎臓内科医の求人票を概観してきましたが、そこには透析医療を行っている病院側の複雑な心境がうかがえます。
病院理事長は「腎臓内科医には『透析はやりたくない』という先生がいる」ということを認識している一方で、「しかし、できれば腎臓内科医に透析をみてもらいたい」と希望しているのです。
「腎臓内科医が透析を統括している」という病院の看板
なぜなら、腎臓内科医に透析センターを統括させている医療機関が、それほど多くないからです。泌尿器科医が維持透析をみることは珍しくありませんし、外科医が担当する病院もあります。また、少々疑問符がつくような医療機関ですと眼科医が透析室に居ることもあります。
つまり、「うちの透析は腎臓内科医がみています」と宣伝できることは、病院側にとってとても大きなメリットなのです。
維持透析は腎臓内科の領域ではない?
しかし、腎臓内科医の先生の中には、全身性エリテマトーデスや膠原病の治療に携わりたいと「強く」思っている方がいます。そのような先生は、腎臓には興味があっても透析医療は興味を示しません。特に「維持透析」は泌尿器科の領域である、と考える腎臓内科医は少なくないのではないでしょうか。
多くの人が「やりたくない仕事」は給料が良い
「病院が求めるもの」と「腎臓内科医が求めるもの」のギャップこそ、年収アップ交渉術のカギとなります。
これは一般ビジネスでも同じことがいえます。
例えばある企業に、総務の担当者、経理の担当者、開発の担当者、製造の担当者、営業の担当者の5人がいたとします。この5人が同じ年齢で専門スキルが同レベルだとすると、最も給料を高くできるのは営業担当です。
なぜなら、営業は「見ず知らずの人に会って、必要かどうかも分からないのに商品を買わせる」という、嫌な仕事を引き受けているからです。
なので、大量の商品を売った営業担当者には、インセンティブという特別ボーナスが支給され、そのため総務、経理、開発、製造の人たちより格段に年収が上がるのです。
つまり、腎臓内科医の先生が、次の転職で確実の年収を上げたいと考えるのであれば、「透析医療に強くなること」です。もしくは、少なくとも「透析の担当を拒否しない」という気持ちを持つ必要があるでしょう。
「数年以内に転職する」と考えている腎臓内科医がいますべきこと
認定医や専門医の資格は、年収交渉を有利に運ぶための必須項目ですが、一朝一夕に取得できるものではありません。新薬や最新機器を使いこなすにも時間が必要です。そこで、「数年後の転職」を検討している腎臓内科医の医師が「いましておくべきこと」を考えてみます。
透析のコストダウンに協力する
実は、高額年収を支払う用意をしている民間病院は少なくありません。
民間病院においては、新規に採用する医師の年収を決めるのは、病院理事長と事務長です。理事長は医者ですので、医者にはできるだけ裕福な暮らしをしてもらいたいと考え、年収を上げたがります。しかし金庫番である事務長は、利益を重視して年収を抑えようとします。
そこで理事長は、事務長に対し「一応、求人票にはこの金額を提示しておくけど、もし採用面接で先生が○○をしてくれるというなら、年収を上乗せしてもいい」と告げます。
つまり、年収交渉で大幅増額を目指す医師は、理事長が言う「○○」という業務について、「やります」と回答すればいいのです。「○○」は、医療行為のこともありますが、コストダウンのこともあります。多くの医師は、コストダウンに協力することを面倒に感じています。
ダイアライザーの使い方が利益に大きく影響する
病院経営者が透析医療を担当する医師に求めるコストダウンのひとつに、ダイアライザーがあります。
ダイアライザーは特定保健医療材料に該当するので、国から償還価格が示されています。償還価格とは、病院がダイアライザーを使用した場合に、国などに請求できる金額です。
ですので、透析医療機関が償還価格より安い仕入価格でダイアライザーを購入すれば、「償還価格-仕入価格」が病院の利益になります。
ホローファイバー型や積層型のダイアライザーは1本数千円程度ですが、血漿からビリルビンなどを選択的に除去できる吸着式血液浄化用浄化器は1本10万円以上します。
単価が高い医材や、単価が安くても大量に使う医材は、「償還価格-仕入価格」が大きくなります。
つまり、ダイアライザーなどの使い方いかんで、病院の利益が大きく変動するのです。
「好きなダイアライザー」へのこだわりを捨てられるか
ところが多くの透析医の先生は、「使いやすいダイアライザー」と「使いにくいダイアライザー」があります。また臨床工学技士たちにも、好みのダイアライザーがあります。それぞれの透析センターでは、様々な議論を重ねて、いまの製品にたどり着いたはずです。
ですので、ある透析医療機関が一度「このダイアライザー」と決めたら、なかなか他の製品に替えたがりません。
しかしこれこそが、病院理事長が考える「もし先生が○○をしてくれるなら、年収を上乗せしてもいい」こと、なのです。
ダイアライザーのメーカーは、旭化成メディカル、川澄化学、バクスター、JMS、泉工医科工業、東レ・メディカル、日機装、ニプロ、フレゼニウスの9社があります。
いずれも評価が定まっているメーカーですが、「営業の強さ」は各社まちまちです。
安全性を確保した上でメーカー変更の検討を
例えば、ダイアライザーメーカーのA社が「このエリアのシェアを拡大したい」と考えた場合、そのエリア内の病院に特価を提示する営業をしかけるでしょう。ダイアライザーを安く仕入れることができるので、病院理事長と事務長はこうした営業攻勢を歓迎します。
しかしB社のダイアライザーを使っている透析医は、A社の製品を使いたがりません。もしA社のダイアライザーに切り替えるのであれば、患者1人ひとりに対し、徐々に試していかなければならないからです。その作業はとても手間がかかります。
こうして「A社に替えたい経営陣」と「B社を使い続けたい透析医」の対立が生まれてしまうのです。
もちろん病院理事長と事務長としても、こうした対立構図を回避したいのが本音です。ですので、ダイアライザーの安全性を確保した上で他社製品に切り替えることに協力的な腎臓内科医は、病院側にとても喜ばれるのです。
腎臓内科医の先生が「数年後に転職をしたい」と考えた場合、いまから各社のダイアライザーについて知っておけば、将来、採用面接でコストダウンの手法を紹介できます。そうなれば年収交渉は有利に進むでしょう。
腹膜透析に詳しくなる
徳洲会グループのホームページに、「中部徳洲会病院、腹膜透析スタート」という記事が掲載されていました。同病院は沖縄県にあり、透析患者の利便性を考えて腹膜透析を導入したそうです。そして徳洲会らし力強くこうつづっています。「4月の新築移転を控え、診療面での新たな強みを増やした」
腹膜透析を「医療の強み」としてPRする病院が存在するということは、腎臓内科医が腹膜透析について詳しくなることが、数年後の大幅年収増につながることを示唆しています。
では、腹膜透析を受けている患者は増えているのかというと、そうではありません。日本透析医学会の調べでは、腹膜透析患者は2009年には9,858人いましたが、2015年には9,322人と、むしろ減っているのです。
ちなみに同期間の慢性透析患者数は、2009年の290,661人から2015年の324,986人へと、11%も増えています。また、2015年のすべての慢性透析患者に占める腹膜透析患者は3%にすぎません。
こうした数字からは、次のことが考えられます。
- 腹膜透析のニーズは高くないが確実に存在する
- ニーズが高くないので対応する医療機関が少ない
- 腹膜透析対応の医療機関が少ないのでそれを学ぼうとする医師が減る
- 腹膜透析を行っている医療機関は医師の確保に困る
「病院の困った」は、医師にとっては高額年収獲得のチャンスです。腹膜透析に詳しい先生は、それが強みになります。
「図説 わが国の慢性透析療法の現況」(日本透析医学会)http://docs.jsdt.or.jp/overview/
資料:「中部徳洲会病院、腹膜透析スタート 新築移転控え強み増やす」(徳洲会)
厚生労働省の調査によると2014年の腎臓内科医の人数は3,929人でした。国内の医師総数は296,845人ですので腎臓内科医は1.3%となります。少ないように感じるかもしれませんが、40の… 2016/11/1 |
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