第2回:嫌われるT医師は言葉の暴力魔
■ 記事作成日 2014/12/18 ■ 最終更新日 2017/12/5
ペアン1本で怒声が10時間続いた頃には…
元看護師のライター“桜井もみじ”です。このコラムでは、私の約10年の看護師経験の中で出会った、看護師に好かれる医師/嫌われる医師の人物像を振り返ってみます。
2回目の今回は、OPE室看護師からの人気が今一つだったT先生です。
新人OPE室看護師の裏事情?
看護師、特に私が比較的長く勤務したOPE室では、様々な科の医師との接点がある。科によって医師のカラーは色々あるし、同じ科でも医師による“好み”や“性格”の違いもある。OPE室看護師は、それらを頭に叩き込んでおかないといけない。
特に、急に怒り出したりする医師には、要注意フラグが立っており、新人としてOPE室に入ると、その辺もレクチャーされたりもするのが実情。
OPE室看護師はどこでもそうなのかもしれないが、最初は外科や整形外科、産婦人科手術などから担当することが多い。手術室に勤務して2~3年目くらいになると、やっと担当することになる科として、心臓血管外科があった。
看護師が交代できない手術
当時の心臓血管外科の手術は、例えば冠動脈バイパス手術(CABG手術×1本)の場合、患者さんの入室から退室まではおよそ4~5時間くらいはかかった。
9時に入室して14時くらいに退室するので、看護師は基本的に交代しない。
他科の手術の場合、1列で数件行ったとしても、大抵は3人の看護師がお昼交代も含めて担当し、適宜入れ替わりながら手術につく。
しかし当時のその手術室では、心臓血管外科の手術だけは、看護師の交代を行わなかった。
その理由は単純。心臓血管外科医が看護師の交代を認めなかったからだ。
なんて横暴な!と思うかもしれない。私自身も「心外の先生って、我儘だね」とか考えていた。しかし、自分が心臓血管外科の手術について分かったことがある。
例えばCABG手術の場合、9時に入室した患者さんの麻酔導入を行い、手術を開始、開胸しながら下肢からグラフト用の血管を採取し、いざバイパスの吻合を行うぞ!というあたりで、ちょうど昼時になるのだ。
当時は人工心肺を使用して心臓を止めた状態での手術が一般的であり、11時を過ぎるあたりが、ちょうど人工心肺に切り替わるタイミングだった。
手術全体の中で最も神経を使う時間帯に、直接介助看護師が器械を申し送りながら交代したら、何らかの問題が起こっても不思議ではない。そう考えると、心臓血管外科手術で直接介助看護師が交代できないのは、仕方のないことだと悟った。
とはいえ、やっぱり厳しい“言葉の暴力”
そんな背景もあり、当時のOPE室看護師は、心臓血管外科の手術は、出来ることなら担当したくない…というのが本音。中には「担当することが分かってから、手術が終わるまで“うつ気味”になる」と公言している人もいた。
しかし当時のOPE室看護師から心臓血管外科手術があまり好かれなかったのは、介助そのものの難しさもあるが、なんといってもT先生の声だった。
T先生は普段、手術室以外の場所で会う分には、とても腰の低いオジサンに見えた。例えばOPE室の忘年会などに参加しても、隅っこの方で同じ心臓血管外科の医師やMEさんたちと、静かにお酒を飲んでいる感じ。
ニコニコしている姿も度々目撃されたし、外来でのT先生は患者さんにも優しいらしい。そこまではむしろ好感が持てる人物かもしれない。
ところが、一度手術が始まると、全くの別人なのではないかというくらい人格が変わる。
さすがに機械を投げつけるようなことはしないが(心臓血管外科の器械は非常に高価なものが多く、予備が少ないので、壊れると緊急手術に対応出来なくなることもある)、メスを握ってからは声がまさしく“怒声”に代わり、最後の皮膚縫合が終了するまで、何を言うにも常に怒声。
ペアン1つ要求するにも「ペアンッ!!」と怒っている口調。
いくら準備万端にしていても、ほんの0.5秒のタイミングが合わないだけで「ちゃんとやってよっ!!!」と怒声が飛ぶ。さらにこれと同じ言い方で、BGMが止まったことも指摘するので、MEさんは常に怒られっぱなしに聞こえる。
T先生は元々、目力がある上に、サージカルルーペを付けているため、ルーペの上からギロッと睨まれる。つまり看護師も常に怒られている錯覚に陥る。
さすがに新人の頃にT先生の洗礼を受けると、看護師だって逃げたくなるのも当然かもしれない。
私自身が担当した中で最も長かった手術は、「2弁置換+CABG×1本」という内容で、10時間以上に及ぶ長丁場。もう退職が決まっていて、最後に担当した大物手術がこれだった。
私自身はT先生の怒声にはそこそこ慣れていたし、本人に悪気があって常に怒っているわけではないと思っていたが、やはり10時間以上、怒られっぱなしはかなり辛かった。
前日から水分制限を行い、空腹にも耐え、18度まで下げた室内で、薄着のまま立ちっぱなし。
もちろん、心臓血管外科医も同じ立場ではあるが、直接介助看護師は器械準備から、患者退室後に器械を下げるまで手を降ろせないので、10時間手術の場合は13時間近くそのままの状態でいることになる。
終盤になると体力の限界も感じるが、そこに来てまだ尚続く罵声。まさに“言葉の暴力”だった。
患者さんの命のために一生懸命なのは分かるけど…
T先生は、元々の性格が曲がっているわけではないと思う。手術になると人格が変わる、というのも良くある話。しかしT先生の人格が変わるタイミングは、心臓血管外科の手術に1回つけば分かる。それくらいON/OFFがはっきりしている人だった。
OPE室看護師としては、慣れてしまえばまぁまぁ乗り切れる壁ではあるが、やはりペアン1本を要求するだけで怒声、というのは勘弁して欲しいというのが本音。
患者さんの命のために一生懸命なのは分かるが、心臓血管外科医すべてが、常に怒声を発する訳ではない、ということを考えると、やはり本人の性格によるのだろう。この部分だけ変わって頂ければ非常に良い先生だったので、ちょっと残念に思う。
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