「在宅医療」ってどうなの?
■ 記事作成日 2015/6/30 ■ 最終更新日 2017/12/6
在宅医療のニーズが高まっている事実や背景は、誰もが知るところでしょう。しかしながら、実際にその世界に足を踏み入れた事のある医師は相対的に少なく、都会の病院に勤務する医師にとっては、全く「未知の世界」というものです。
一昔前まで在宅医療と言えば、僻地医療や高齢者医療の対処施策だと思われていました。しかし最近では、医療法人が在宅診療用の大きなステーションを都市部に開設する動きも活発です。
これからドクターが新たな道を考え転職活動をする際、新しい働き方として「在宅医療」の方向を検討するシーンも増えてくると考えられます。そして「在宅医療」という選択は、殆どの医師にとって大幅なキャリアチェンジを伴う事になるはずです。
収入は?遣り甲斐は?必要スキルは?労働環境は?
ここでは、在宅診療の医師とその環境にスポットを当て、その実態を考えてみる事にしましょう。
在宅医療の医師に求められるスキルは?
医師という職業は、高度な医療技術と共に、人徳も、コミュニケーション能力も…etc.多角的に高スキルを求められる職務です。
都会の大病院の勤務医ならば、例えばある分野の手術件数が多いだとか、研究成果を上げているとかいう、「スペシャリスト医師」がより認められる傾向にあります。
しかしながら在宅診療の場合、何でもバランス良く出来る「ゼネラリスト医師」が重宝されるのが一般的です。
特定の疾病の患者だけが、車で周回できる範囲に都合よくいる訳ではありません。僻地医療の場合、その医療区での全ての疾病や障害に対応せざるを得ないでしょう。高齢者医療の場合、介護保険制度や後期高齢者医療制度に基づく療養型の方への診療も多くなってくるはずです。
ゼネラリスト医師…つまり、総合内科や外科の医師や、家庭医などの求人が目立ちます。また、後期高齢者医療を中心とした医療区においては眼科、都市部の医療区においては、精神科のニーズも高いなど、エリアによる特性もあるようです。
外来医療・入院医療に続く第三の医療として注目されている「在宅医療」の特徴は、医師・看護師・多様な医療スタッフ・医療機器・薬剤などが集積し、効率よく高度な医療を提供できる「病院医療」とは対極にあります。住み慣れた居宅などで療養をしたり、終末期を迎える事を選択した患者には、できる限り安全で高度な医療を提供しようにも、限界があるのは仕方ありません。
そこで求められるのは、どこまでも患者目線に立ち、患者とその家族の問題や人生そのものに共鳴できる人柄でしょう。
在宅医療の場合、時には、高度で効率的な医療を提供する事よりも、長時間親身になって傾聴してくれるような医師が信頼を得る事もよくある話です。
医師としてのスキルと同じだけ…あるいはそれ以上に、【コミュニケーション能力】や【医療に対する考え方】そのものが問われる職務だと言えます。
また、求人選考の際は、
◆車の運転ができるか?問題や抵抗はないか?
(通常は看護師が運転するケースが多いが、必然に迫られる事態も想定されるため)
◆診療対象医療区に居住できるか?
◆家族はいるのか?いる場合同居できるか?
◆飲酒の習慣があるか?ある場合どのようなペースか?
◆医師一人体制でもやっていけるか?
◆院長や所長ができるか?
◆オンコールは問題ないか?
などという点にも質問が及びます。
これまでの面接では経験した事のない質問にどう対処するのか?しっかりと自身の人生設計を踏まえた上で、その答えを出しておく必要があるでしょう。
在宅医療の道に進む事は、医師のキャリアにとって重要な別れ道になるかもしれません。大病院での医業に切磋琢磨していた医師がその道を選ぶなら、「元の道に戻れない覚悟も必要」な選択とも言えるのです。
在宅医療での収入面は?
在宅医療における医師の給与相場は、一般的な勤務医と比較して、やや高めだと言えます。
外来診療や病棟管理とは異なり、移動・オンコール対応・田舎暮らしなどの苦労が多い他、後期高齢者医療制度や介護保険制度などを背景とした安定した診療報酬などが、その要因です。
実際、2014年度の診療報酬改定では、「医療機関の機能分化・強化と連携、在宅医療の充実等」が重点項目となり、在宅医療分野で実績の高い医療機関に手厚い点数が配分されました。
例えば、一般内科の勤務医の平均年収が1150万円程度(アルバイト含まず)であるのに対し、同じ一般内科の在宅医療対応勤務医は、平均年収1500万程度の水準に達します。
院長や所長といった役職に就くならば、2000~2500万円以上の求人も多く見受けられます。外来や入院を主とした病医院よりも、院長や所長の求人が圧倒的に多いのも特色でしょう。
様々な医療機関が、地域医療の一つの答えとして推進されている在宅医療に対応するために、新たに「在宅医療部門」を立ち上げたり、老健施設や高齢者住宅などの訪問診療ニーズも活発化されている事から、在宅医療における医師の「売り手市場」は続いていくと予想されます。
ただ、同程度の医療提供スキルのある医師が、より高額な報酬を得るという相場には、必ず理由があるという事を、しっかりと覚えておかなければなりません。入職を決めるならば、実際の業務範囲や責任範囲を細かく確認し、隅々まで納得をして下さい。
特に、病院勤務医から在宅医療担当医への転職には注意が必要です。これまでのドクターのキャリアが、全く生かされない、稼働の見当もつかないような職場も多数存在しています。その中でも医師一人体制の院長や所長の求人の場合、報酬だけで決める様な、安易で軽率な転職をしないよう、ご注意ください。
在宅医療転職医師の就業環境とは?
ごく近年まで、居宅にて医療が受けられる在宅医療というものは、大病院から看護師を雇用できる特患=ごく一部の富裕層にだけ許された、贅沢な医療でした。
しかし最近の在宅医療は、これらとは全く性格の違うものです。後期高齢者医療制度や介護保険制度などから、ごく一般の庶民がその対象になっています。在宅医療の職場環境は、一気に様変わりしているのです。
在宅医療に従事する医師の生の声から、その職場環境を見てみる事にしましょう。
<過疎地医療に従事するA医師>
山間の田舎町で在宅医療を勤しむA医師は、こう言いました。「在宅医療の医師とは、極論すると死亡診断書を書くのが役割のようなものだ。」と。
A医師は、その医療区唯一の内科・外科有床クリニックを営む医師です。3つの山から成る地域の医療の拠り所として、三代に渡ってその役割を果たしてきた家に生まれました。どんな疾病や外傷も引き受けなければならない性格上、内科と外科の両方の専門医となり、医業に勤しむ50代の男性医師です。
A医師は、都会の大学病院や大病院で先進医療に携わっていましたが、いつかは地元に帰る宿命を受け入れ、それに向って着々と準備を進めてきました。
そんな医師が、自分の役割を、上記の様に述べるのです。
彼の地元は、独居老人が多い過疎地域です。毎日午前中はクリニックで診療を行い、午後は在宅医療の巡回をしています。急患対応よりも、高齢者に対する定期訪問が主たる業務だという事です。
二週間に一度、あるいは一週間に一度の巡回ペースが多いそうですが、医師の彼が「老人の見守り」的な役割も担っています。
そんな中で、自らが孤独死の現場の発見者となったり、孤独死を発見した住民からの通報で急遽往診に行ったり、終末期の患者の看取りを行う数の率が、尋常ではないと話します。
「もし誰かが亡くなっても、死亡診断書がなければ、何の弔いもする事ができない。こんな山奥で往診するのは自分ぐらいだ。自分がいなければ、この地域の住民は、死ぬことも出来ない。」
幼いころから山間過疎地のクリニックで育つ彼でさえ、この環境は辛いそうです。A医師はそれを宿命として受け入れていますが、そう易々と誰にでも出来る事ではないでしょう。
彼は、「田舎の独居老人の居宅に足を踏み入れる事は、都会の人間には難しい。」とも言います。
その理由は、通常の家の概念では考えられないほどの老朽化が進み、かつ不衛生な家が非常に多いという事です。A医師は、どんなに朽ち果てたゴミ屋敷でも、靴を脱いで上がり込み、笑顔で対応し、その不衛生な環境を少しでも改善する手伝いをするそうです。生ごみの処理や寝具の洗濯まで、訪問診療のついでにする事があるそうです。
また彼は、自らの医療区の高齢者や患者などを集め、月に一度のペースで隣町の大病院まで、貸切バスで引率をしています。A医師のクリニックでは対応できない検査や医療を、定期的に受ける必要がある患者の面倒を引き受けているのです。
ただこれらの引率も、独居老人本人や家族からの依頼があって初めて行えるものです。検査や高度な医療が必要な患者であっても、遠方の家族に医療の必要性を説明するも何の治療も依頼されないばかりか、連絡が全くとれなくなるケースも多いそうです。(認知症患者をはじめ、高齢者には自分で自分の処遇を判断できない人も多いのです)そんな時、医師の越権行為で勝手な行動をする訳にもいかず、治療を提供できたら助かる命が救えない事もあり、無力感に苛まれてばかりだと言います。
在宅医療は、その患者や家族の人生に、深く関わる仕事です。人が好きで、医師としての使命感がある人間でさえ、過疎地などでの医業従事は簡単な事ではないようです。
大変な事ばかりを並べるのは恐縮ですが、A医師はプライベートでも過疎地在宅医療の受難を経験しています。結婚した妻が、「こんな田舎では暮らせない」と鬱病になるなどし、2度の離婚を経験しているのです。それでも彼は、実家のクリニックを守り、日々在宅医療に勤しんでいます。
<拠点病院の在宅医療部門担当になったB医師>
B医師は、地方の小さな町の拠点病院に転職した医師です。最初は外来と在宅医療の両方を3人の医師のシフト制にて回していたのですが、その病院が「在宅部門」を新たに切り離して立ち上げる事になり、B医師がその担当に就任したそうです。
病院側が在宅部門を設けた一番の理由は、収益の拡大でした。診療報酬制度の改定で増収が見込める事や、急患往診のために外来をストップさせないといけない体制を改善しようとしたのです。
なぜB医師だったか?…それは、B医師の労働契約書の業務内容に「在宅診療」も含まれていたからです。他の医師は、勤続年数が長かった分、病院が在宅医療を手掛ける前の契約だった手前、医師たちがそれを拒否したという事実は後になって聞かされました。
体の好い「在宅部部長」という肩書や年収アップと引き換えに、B医師は経験した事のない激務を強いられる事になります。B医師と看護師2人体制での在宅部は、定期訪問診療だけでなく、オンコールにも対応しなければなりません。
確かに病院の収益は上がりました。しかしB医師の疲弊度合は限界値に達しています。それは、時間的肉体的な激務だけが原因ではありません。一人で何でも処理をしなければならない孤独と責任から、押しつぶされそうになっているのです。
B医師は言います。「確かに年収は増えたが、それに伴う心身の疲弊度を考えると、全く割に合わない。」と。
第三の医療として注目をされている在宅医療ですが、どの病医院もその体制づくりには課題が山積みだと思われます。
どんなに入職前に勤務体制を確認していても、入職しなければ分からない事は沢山あります。あなたが一スタッフとして複数医師を抱える在宅医療ステーションに勤務するのなら良いのですが、院長や所長や部長といった肩書を用意されがちな黎明期の市場背景では、予期せぬ事態を経営的な観点で、自ら対処しなければならない事も多いのです。
もしドクターが在宅医療分野に転職をされる際、役職付きの求人に興味があるならば、自らの裁量で経営運営的な調整をする義務が発生する事を、予測しておく事も重要です。
<難病専門の在宅医療ステーションを開設したC医師>
C医師は、長年、都市の大病院に於いて難病指定されているある疾病の臨床を専門的に行っていました。その難病患者は、進行度合いによって定期的な外来も難しくなってくるのが特徴で、C医師は、病院における医療提供の限界を、常々感じていました。
そんな時、在宅医療における診療報酬改正や、難病患者の在宅医療・在宅介護の充実・強化事業に国の予算がついた事から、自ら特定難病専門の在宅医療ステーションを開業しました。
彼の医療区全ての難病患者を引き受ける覚悟で、地域包括ケアという国の施策にも合致する事業での開業です。
元の大病院との連携を図り、実質的には、その病院の在宅医療部的な形で事業を実現する事ができました。
患者のカルテは大病院ともICTによって共有し、手術や高度な医療機器が必要な場合も、スムーズな処理が行えます。移動が困難な患者と家族のための在宅医療は、彼らの負担を軽減。住み慣れた居宅での療養生活は、患者の尊厳を大いに守るものでした。
都市の在宅診療ステーションであるため、難病指定の患者数も経営ニーズを満たすものでした。C医師は、この開業により、自身の医師としての使命を全うし、よりよい医療を実現できたばかりか、大幅な年収アップにも繋げる事ができました。
C医師の成功のポイントには、自身が高度な専門領域を持っていた点と、政策に伴う事業化にうまく乗れた点が挙げられます。社会のニーズに合致し、時機を合せたタイミングを計る事で、予算を引き出す事も、経営的に安定させる事も、元の大病院との関係を保つ事にも成功しました。C医師は今、医師になった事を心から喜び、誇りに思っているそうです。
これからの在宅医療経営は、よりマーケティング的な発想の展開が望まれます。明確に専門分野を持ったり、医療区全ての高齢者医療を引き受けるなど、その市場の目的達成のための役割を明快に引き受ける覚悟が必要なのでしょう。
在宅医療の現状と環境改善施策
日本医師会による在宅医療の実態調査によると、その実数は以下のようになっています。
<在宅医療の開設者別状況>
医療法人(62.2%)・個人 (34.1%)・その他(3.7%)。
<在宅医療の病床状況>
有床診療所(20%)・無床診療所(80%)。
<在宅医療の診療科状況>
内科(77.4%)・外科( 10.1%)整形外科( 4.2%)~。
<同一法人による併設事業の有無>
ある(27.4%)・ない(72.6%)。
<在宅医療の有床診療所の医師数>
1人体制(70.2%)・2人体制(21.1%)~。
<在宅医療の無床診療所の医師数>
1人体制(82.4%)・2人体制(12.7%)~。
<24時間体制に従事する有床診療所の看護師数>
0人(3.1%)・1人(14.9%)・2人(14.9%)・3-4人(17.5%)~。
<24時間体制に従事する無床診療所の看護師数>
0人(13.5%)・1人(22.2%)・2人(22.3%)・3-4人(29.0%)~。
24時間365日体制が望まれる在宅医療において、この実態は、一人の医師に負荷がかかりすぎ、疲弊を伴うものであると言えるでしょう。それゆえ一般的に病院勤務医は、在宅医療の医師を孤独で超過労働が強いられる業務と感じている人が多く、敬遠しがちなようです。
在宅医療で院長や所長待遇での求人が多いのは、医師一人体制の在宅医療診療所・ステーションが非常に多い事が大きな理由です。それでは、入職すると必ず疲弊を免れないと言っても過言ではない労働環境でしょう。
これからの社会における在宅医療ニーズは高まるばかりです。そんな中で充分な供給体制を保ち続けるために、平成24年より、国の施策が具体的に掲げられています。
<在宅医療を担う医療機関の機能強化>
24時間の対応、緊急時の対応を充実させる観点から、複数の医師が在籍し、緊急往診と看取りの実績を有する医療機関について、評価の引き上げを行う。
[施設基準]
① 常勤医師3名以上
② 過去1年間の緊急の往診実績5件以上
③ 過去1年間の看取り実績2件以上
※また、複数の医療機関が連携して、上記の基準を満たすことも可能とする。その場合の要件は、
④ 患者からの緊急時の連絡先の一元化
⑤ 月1回以上の定期的なカンファレンスの実施
⑥ 連携する医療機関数は10未満
⑦ 病院が連携する場合は200床未満に限る
※さらに、病床を有する場合は高い評価を行う。
<診療報酬の改定例>
往診料 緊急加算(650点)→(850点)
往診料 夜間加算(1300点)→(1700点)
往診料 深夜加算(2300点)→(2700点)
在宅時医学総合管理料=処方箋交付(4200点)→(5000点)
在宅患者緊急入院加算料(1300点)→(2500点)
例えばこれらの施策などにより、在宅医療の環境は、医師にとって改善されつつあります。しかしながら、今はまだ改革の入り口を過ぎたばかりです。もしもドクターが在宅医療を考えるならば、その市場性は非常に高く、売り手市場である事は確かです。
しかしながら、安定した職業生活を送れる整備が行われていない職場も多いため、ご自身の使命やQOMLをよく吟味した上で、求人票と向き合う事をお勧めします。
在宅医療の展望と転職
地域包括ケアを掲げた在宅医療の世界は、これから入職するその誰もがフロンティアです。
成熟された市場ではないため、やり方によっては在宅医療の旗艦モデルを創る事になったり、先行者利益などで経営的な成功を収める事もできるでしょう。
しかしながらこの市場、医療転職を専門とする転職エージェントにも分からない単なる未来予想図です。厚生労働省のビジョン通りに進む保証もありませんし、現場によって労働環境の差異も大きくなりがちです。
もし医師がこの市場への進出を考えるならば、メリット・デメリット共に洗いざらい話し、一緒に検討しててくれるパートナーが必要でしょう。メリットばかりを挙げ並べ、デメリットの心配を提示しようとしないエージェントやコンサルタントは危険です。
デメリットも検討してくれるというポイントは、在宅医療の転職活動において、他の職務よりも重要になってくると認識して下さい。
在宅医療は、ニーズがどんどん高まり、国の施策でも予算がつきやすい事業です。優良転職エージェントの優秀なコンサルタントに出逢えたならば、未知の世界の転職でさえ、遣り甲斐のある明るい未来として描く事ができるでしょう。
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