大学医局からの医師「派遣」という言葉は慣習化しているが…
■ 記事作成日 2017/8/22 ■ 最終更新日 2017/12/6
大学(医局)へ所属すると、避けては通れないのが「遠方への勤務異動」です。「君、○○の▲▲、好きだったよね~」これはある医療系ドラマの中で、教授が「左遷命令」として使っていた言葉ですが、実際にこれをやると「法的にはNG」というケースがあります。今回は、大学(医局)からの医師派遣について考えてみたいと思います。
大学(医局)への医師派遣の実態
大学(医局)に所属していると、いわゆる「系列病院への異動」は、日常茶飯事ですね。実際に、受け入れる病院側もこれを非常に期待している、大学(医局)からの派遣がなければ病院経営が成り立たないところは、全国に多々あります。
まずは、2015年に行われた、日本医師会による「病院における必要医師数調査結果」の結果から、大学(医局)からの医師派遣が、どれほどの需要があるのかを見ていきます。
このように、自院での医師確保に向け、その採用を大学(医局)に依頼している病院が、全国平均では75%以上もあります。この結果と、同じ調査結果から求められる「都道府県別 必要求人医師数倍率」のグラフと比較してみます。
大学(医局)に医師の採用を委託している割合が高い都道府県は、必要求人医師数の倍率が高いところが、多く含まれているようです。
一方で、大学(医局)に医師の採用を委託している割合が高いにもかかわらず、必要医師数倍率が比較的少ない京都府や大阪府などは、同じ府内に複数の医科大学があるため、医師確保の手段の一つとして、大学(医局)への委託が多いのかもしれません。
現在の医師臨床研修制度は、2004年度からスタートしていますが、これによりいわゆる「初期研修医」が、大学病院以外の病院を選ぶケースが増えています。結果的に、大学(医局)も「医師不足」という状況に陥っています。その上さらに、現在でも「大学(医局)は医師派遣機能を期待されている」という現実もあるのです。
「医師派遣」が実は法的にグレーな訳
ところで、この「医師派遣」という制度、実は法的には「NG」な部分があることをご存知でしょうか。当サイトでも以前、「医師の就業と派遣法」に関するコラムをお届けしていますが、医師という職業は、一般的な「派遣」が、法的に禁じられています。派遣就業が法的にNGとなる職業には、次のようなものがあります。
- 港湾運送業務
- 建設業務
- 警備業法
- 医療関係の業務 (病院等で行われる看護補助や介護の業務を除く)
- その他(弁護士、司法書士、公認会計士、税理士、弁理士、社会保険労務士、行政書士等)
このうちの、医療関係の業務をもう少し詳しくみてみます。
医師、歯科医師、薬剤師の調剤、保健婦、助産婦、看護師・准看護師、栄養士等の業務。ただし、以下の場合は可能である。
- 紹介予定派遣
- 病院・診療所等(介護老人保健施設または医療を受ける者の居宅において行われるものを含む)以外の施設(社会福祉施設等)で行われる業務
- 産前産後休業・育児休業・介護休業中の労働者の代替業務
- 就業の場所がへき地・離島の病院等及び地域医療の確保のため都道府県(医療対策協議会)が必要と認めた病院等における医師の業務
つまり、医師を一般派遣業のような形で「派遣」してしまうと、「いわゆるチーム医療が成立しない」可能性が出て来てしまいます。また、労働者派遣では「人体に直接的な影響を及ぼす“医療行為”そのものが、禁止されている」という背景もあるようです。
さらにややこしいポイントなのですが、大学(医局)が医師を「労働者」として派遣する場合、「職業紹介事業に該当するとみなされる場合は、職業紹介事業の許可(当該医局の属する大学の卒業生の場合は、届出)を取得」する必要があります。
つまり、大学側が「職業紹介事業を行う許可を取らなければならない」ということです。これが無い場合は「法的にはNG」となってしまいます。
一方で、「いずれ、(派遣先の病院への)就職を予定している派遣=紹介予定派遣」および「研修先が系列病院になること」は、法的にも認められていると解釈できそうです。
実際に、大学(医局)での臨床研修期間が終了した後に、教授の「鶴の一声」により、過疎地や地方都市の系列病院への勤務を命ぜられることは、当然の習わしとして今も行われています。ただしそこには「本人(派遣される若い医師)の自由意志があること」という前提があります(後述)。
このような場合でも「派遣」という言葉が使われることが多いのですが、実際には一派的な「労働者派遣とは違う」ことを、理解しておきましょう。
「研修」という名の遠方への勤務 可能かどうかは何で決まるか
自由意志について、厚生労働省の資料には次のように明記されています。
「自由意思」とは、他から束縛されない自らの考えをいい、具体的には、封建的な親分子分の関係、組織上の上下関係で上司からの命令に服従する関係といった支配従属関係の有無により判断される。上司からの一方的な意思により就職先をあつせんする場合、就職先をあつせんしたがそれを断つたときに以降就職先をあつせんしないこととすることなどの制裁を伴う場合などについては、個別具体の事実関係等から判断する必要があるが、自由意思の束縛につながる可能性があると考えられる。
――引用 厚生労働省 職発第100400号 いわゆる 「医局による医師の派遣」と職業安定法との関係について より
分かりやすくいえば「個別の具体的な事実関係も判断材料とするべきだが、医師の就職先は、上司から一方的に『○○の系列病院で空きが出たから、来週からそこに勤務ね』という鶴の一声だけで決まるのではなく、本人の意思に基づいて決定されるものであり、断った場合でも、教授が本人に対して、何らかの制裁を加えるのはNGですよ」ということです。
もちろん、地域によってはその大学からの派遣医師が来なければ、診療が成り立たないケースもあるため自治体側も必死ですし、大学側も積極的な医師派遣を勧めようとするでしょう。
医師という職業の特徴として「この地域では■■科の医師の需要が非常に高い」など、地域性が考慮されることもあります。特に「へき地」とよばれるエリアでは、地域における医療の確保のためには医業に派遣労働者を従事させる必要がある場合なら、という特例も、法的に認められています。
さらに「若いうちに地域医療や他科との連携を学ぶ」ことは、医師のスキルとして非常に重要です。将来は大学のある都道府県に就職することを前提として、学費が一部免除されるケースもありますよね。
それでもやはり、医師としての就職先を確定するのは、本人の意思なのです。教授からの「鶴の一声」は、流れの中のトリガーに過ぎず、最終的には「自分はこの病院で、医師としてどのような仕事がしたいのか」という自由意志が、もっとも重視されるべき事柄ではなのかもしれません。
【参考資料】
厚生労働省 病院等における必要医師数実態調査の概要
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000000ssez-img/2r9852000000ssgg.pdf
日本医師会総合政策研究機構 日本医師会 病院における必要医師数調査結果
http://www.jmari.med.or.jp/download/WP346.pdf
厚生労働省 職発第100400号
いわゆる 「医局による医師の派遣」と職業安定法との関係について
http://plaza.umin.ac.jp/~ehara/tsutatsu/Tutatu02.pdf
同上 労働者派遣事業を適正に実施するために-許可・更新等手続マニュアル-
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000099161.html
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